World Cup Winners 1995/96
激闘の主役たち 

総合優勝のカチャ・ザイチンガーとラッセ・シュース。ともに初優勝
 1995年11月12日、ティーニュ(FRA)で開幕した第29回目の「白いサーカス」は男女ともに35戦(コンビ2戦を含む)を戦い、119日後の3月10日、長かった激戦の幕を閉じた。
 2年前にオリンピックの舞台となったリルハンメル(NOR)で行なわれた最終戦。栄えある表彰台の真ん中に立ったのは、男子が地元ノルウェーのラッセ・シュース、女子がドイツのカチャ・ザイチンガー。どちらもオリンピック、世界選手権の金メダルは持っているがワールドカップの総合優勝はこれが初めてである。
 この時ばかりはシュースの笑顔も晴れ晴れとし、ザイチンガーの目も笑いっぱなしで細くなった。そして二人を取り囲んで並ぶギュンター・マーダー(AUT)、ミハエル・フォン・グリュニゲン(SUI)、マルティナ・エルトル(GER)、アニタ・バヒター(AUT)ら、総合2、3位の面々も、長い激戦の疲れを忘れたように和やかな雰囲気だ。
 勝利者に与えられるたった1日の安息である。リルハンメルの空は透きとおるように青く、高くかざしたクリスタル・トロフィーがきらきらと輝いた。

総合戦線を賑わせた三人の男
波乱に満ちたビクトリーロード
ラッセ・シュース


 アルペンスキーの最高の舞台であるワールドカップ。その豪華な白銀の舞台でラッセ・シュースが初めて人々の注視を浴びたのは、1990年1月14日、アルタ・バディア(ITA)で行なわれた大回転である。このシーズンからワールドカップにデビューしたシュースは、19回目の誕生日であるこの日に、なんと58番スタートから7位に食い込む健闘を見せた。このシーズン、ツィナール(SUI)で行なわれたジュニア世界選手権では大回転で優勝、回転で2位になっている(ちなみに同僚のシェティール・アンドレ・オーモットは大回転で2位、回転とスーパーGで優勝している)。
ラッセ・シュース(NOR)
 そしてその夏の90年8月、南半球のマウント・ハット(NZE)で行なわれた開幕戦の大回転で、第2シードの19番スタートから2位に食い込み、その卓越した才能は一気に注目をあびた。だが、シュースが1勝を上げるまでには4年の歳月を要した。その1勝はリルハンメル五輪の年、'94年のキッツビューエル(AUT)のコンビで上げたもの。スペシャル種目での1勝までにはさらに2年の歳月を要したのである。

 1995/96シーズン、シュースは序盤戦はまさに絶好調ではあったがあと一歩で勝利に届かぬレースが続く。開幕戦のティーニュ大回転2位、アメリカに移ってヴェイル(USA)大回転2位、続くパーク・シティ(USA)大回転2位、再びヴェイルに戻って滑降第1戦2位と、通算11回目の2位を記録したときは、さすがのシュースもすっかりくさっていた。この日の夕方偶然町ですれ違ったシュースに「明日も2位かい」と声を掛けると、「かも知れないな〜」と肩を落として立ち去った。
 だがこの滑降2位でそれまで大回転3連勝でトップを走っていたフォン・グリュニゲンを抜き総合争いのトップに立った。しかもその翌日、同じヴェイルで行なわれたスーパーGの第1戦で待望の初優勝を上げたのである。この1勝でシュースはトップの座を不動のものにし、そのまま一度もトップの座を明け渡すことなく総合タイトルを獲得した。
 だがシュースの戦いは順調満帆というわけには行かなかった。断トツのトップを走っていたシュースを大きな危機が襲ったのはシーズン中盤の1月10日、キッツビューエル(AUT)の滑降トレーニングの時だった。中間計時でそれまでのベストタイムを出した直後のハウスベルグカンテで激しく転倒し顔面と腰を負傷、ヘリコプターで病院に運ばれ、3週間の療養を余儀なくされたのである。
 シュースが復帰したのは2月2日、ガルミッシュ(GER)の滑降からだが、彼が休んでいた10戦の合間に、2位のギュンター・マーダーとの点差は527点差から203点差にまで縮まっていた。このクラッシュがなければキッツビューエルで早々と総合優勝は決定していたはずだった。そうなればシエラ・ネバダ(SPA)での世界選手権にも余裕を持って臨むことが出来たはずだったのだが…。結局総合優勝争いは地元リルハンメルの最終戦にまで持ち越されてしまった。

 最終戦はまるでノルウェーの国内選手権に各国チームが招待されているような様相を呈した。久しぶりに「アタッキング・バイキング」が猛威を振るったのである。まずシュースが滑降で優勝すると、スーパーGではオーモットが実に2年ぶりに優勝を果たし、アトレ・スコーダルが種目別スーパーGのタイトルを確定した。大回転では新人のトム・スチアンセンが2位に食い込む健闘を見せ、女子スーパーGでも新人のインゲボルグ・ヘレン・マルケンが初優勝を果たした。シュースはスーパーGでも3位に入り、163ポイント差にまで迫っていたマーダーを土壇場で振り切った。

 今季のラッセ・シュースは滑降2勝、スーパーGと大回転で1勝ずつの計4勝を上げ、他に2位に5回入った。種目別のタイトルを一つも取れなかったのには不満が残るが、王者として文句のない成績といえるだろう。

2季連続2位、王国オーストリアの切り札 
ギュンター・マーダー


 ワールドカップ13年目、31歳になったギュンター・マーダーは昨シーズンに続き今季も2位に終わった。開幕戦のティーニュはアルベルト・トンバ(ITA)とともに出場しなかったがそれ以外はすべてのレースに出場した。ティーニュを欠場したのは、今季から採用になったフリップ30に抗議するためと言われたが、実際はアメリカシリーズをトップコンディションで臨むため、連盟も公認のトレーニングを行なっていたのである。 
ギュンター・マーダー(AUT)
 オーストリアは1970年のカール・シュランツ以来25年間、男子の総合優勝者を出していない。スキー王国オーストリアにとって屈辱以外の何ものでもない。その期待を一身に担ったオールラウンダーのマーダーだったが、今季も勝機をつかむのに遅く、今一歩タイトルには届かなかった。
 だがマーダーは1月13日、地元のキッツビューエルの滑降でこの種目の初優勝を果たし、ピルミン・ツルブリッゲン(SUI)、マーク・ジラルデリ(LUX)に次ぐ、ワールドカップでコンビを含む5種目すべてに優勝した3人目の男になった。6月24日で32歳になるマーダーだが、彼にはまだまだ総合優勝のチャンスはある。

シーズン最多優勝、GSのスペシャリスト
ミハエル・フォン・グリュニゲン


 総合3位のフォン・グリュニゲンは大回転を得意とする技術系のスペシャリストである。ワールドカップ参戦は'88年からだが初優勝は地元ベイソンナ(SUI)の大回転だった。昨シーズンはバルディゼール(FRA)の大回転で2勝目を上げ、調子に乗るかと思われたが、レッヒ(AUT)のスラロームで右肩を脱臼し辛いシーズンを送った。
ミハエル・フォン・グリュニゲン(SUI)
 シーズン終了後、習慣性のあった肩を手術したがそのためにトレーニングの開始は遅れた。しかし故障から解放されたミハエルは持ち前の勤勉さからめきめきと調子を上げてシーズンに臨んだ。
 絶好調で迎えた今季は開幕から大回転で3連勝を飾った後、アーデルボーデン(SUI)とヒンターストッダー(AUT)でも勝ち、計5勝を上げてスイスとしてはハイニ・ヘンミ('77年)、ジョエル・ガスポ('87年)、ピルミン・ツルブリッゲン('87年)、以来4人目の大回転の種目別のタイトル獲得者である。5勝は今季最多勝。

Men's Overall Result
Women's Overall Result
つづく