Alpine Ski World Cup 1994/95
群雄たちの肖像 波乱と栄光のバトル 1
●男子総合

 1994年11月5日、スイスのザースフェーに始まった「白いサーカス」アルペンスキー・ワールドカップ1994/95は、134日間の戦いの後、1996年3月19日、イタリアのボルミオに於ける最終戦でその幕を閉じた。

 男子はアルベルト・トンバ(ITA)が初の、女子はフレニ・シュナイダー(SUI)が2年連続通算3回目の総合優勝を飾った。

 例年の事ながら今季も気象条件には泣かされた。雪不足のためにスペインのシエラ・ネバダに於ける世界選手権が中止に追い込まれるなど、スケジュールの変更や中止が相次いだ。天候もレースも波乱のシーズンだった。

 トンバは回転と大回転の技術系種目のみで総合優勝を達成したが、これはあのインゲマル・ステンマルク(SWE)以来16年ぶりのことである。トンバとシュナイダーの総合優勝は、今まではオールラウンダーでなければ不可能とされてきた総合タイトル争いに逆行しているかに見える。しかし高速系レースの相次ぐ中止、変更が技術系レーサーに有利に働いたと見るべきだろう。

 ワールドカップ参戦10シーズン目にして初めて総合タイトルを獲得したアルベルト・トンバ。グスタボ・トエニ以来20年ぶりにイタリアに大クリスタル・トロフィーをもたらしたが、そのトエニはトンバのテクニカル面での専任コーチである。トンバはコンディショナル・トレーナーやドクター、マネージャーなど総勢7人でプライベートチームを作っているが、この方式で成功したのはトンバだけである。2、3年前までは一種のブームのようにプライベートチームが誕生したが、トレーニング環境(とくに高速系)が思うように得られずに皆チームに戻っていった。

 トンバが成功したのは彼が技術系のスペシャリストであったからだ。そしてその7人が十分食べていけるだけのスポンサーを一人で集めることの出来るキャラクターの持ち主でもある。皮肉な見方をすればトンバはレースをやめることは出来ない。その7人が食っていくためにはトンバは絶え間なく稼がなければいけないのだ。トンバ自身が「トンバ商会」の社長であり目玉商品なのである。

 トンバのサクセスストーリーはもう十分に語られている。だが一見天衣無縫、豪放磊落のように見られがちなトンバのパフォーマンスも、すべてはマネージャーのロベルト・ブルンナーの指図によるところが大きい。単独インタビューではむしろナイーブさの方が目立つトンバなのだ。このナイーブさは彼が他の多くのレーサーたちとは違って、雪国ではなくボローニャという都会のお坊ちゃん育ちであるという、生い立ちに寄るところが大きい。裕福な家庭に育ったトンバには「故郷に錦を飾る」といった使命感や、「環境から抜け出して一旗揚げる」といった悲壮感はかけらもない。成功した選手のほとんどは「環境から抜け出したかった」という。スキーの場合もハングリーは十分にモチベーションたり得るのである。
 だがトンバは貧乏から抜け出す必要はなかった。トンバにとってのスキーは、夜ごとディスコに出かけて女の子を引っかけたり、スポーツカーをぶっ飛ばして逮捕されたりといった、金持ちの都会っ子と同じレベルの遊びでしかなかった。コルチナやアペニン山脈にある別荘に出かけてスキーを楽しむといった程度のスキーだったのである。

 トンバが本格的に競技スキーのトレーニングを開始したのは17歳になってからである。それも遊びで参加したパラレルレースに勝ったのがキッカケであった。彼を最初に見いだしたのは、しばらくトンバのマネージャーを務めたマルキ(侯爵)と呼ばれた男だが、たまたまマルキがそのレースを見ていなかったならば今のトンバはなかった。

 トンバが「ラ・ボンバ(爆弾)」と呼ばれるようになったのはデビューして3シーズン目の1987/88シーズンからだが、今季のトンバはあの年以上に充実していた。'88年はワールドカップで9勝(SL6、GS3)を上げ、カルガリー・オリンピックで2個の金メダル(SL、GS)を獲得した。今季のトンバは回転7勝、大回転4勝の計11勝を上げた。この記録はあのステンマルクの1シーズン13勝の記録に次ぐものである。

 総合タイトルを取るチャンスはこれまでに何度もあったが、常にオールラウンダーのピルミン・ツルブリッゲン(SUI)やパウリ・アッコーラ(SUI)、マーク・ジラルデリ(LUX)、シェティール・アンドレ・オーモット(NOR)らにしてやられてきた。だが今季のトンバは最初から勢いが違っていた。彼のテクニックは群を抜いていた。「誰がトンバを破るか」ではなく「2位に誰が入るか」という次元で語られていた。まさにステンマルク全盛時代を彷彿とさせる勢いだった。早くも世界選手権前のウェンゲンの時点で総合タイトルを確定的してしまったのである。

 その勢いで絶好調で臨むはずだった世界選手権は雪不足のために中止になり1年延期になった。トンバは他の誰よりも早くシエラ・ネバダに乗り込んでトレーニングに励んでいた。富良野で破れたのはそのとき“切れた”状態がまだ続いていたからである。「トンバは世界選手権のタイトルは取れない」というジンクスはまだ生きている。

Men's Overall Standings Women's Overall Standings
Rank Name Nation Points
1 TOMBA Alberto ITA 1150
2 MADER Guenther AUT 775
3 KOSIR Jure SLO 760
4 GIRARDELLI Marc LUX 744
5 AAMODT Kjetil Andre NOR 708
6 KJUS Lasse NOR 665
7 GHEDINA Kristian ITA 628
8 ALPHAND Luc FRA 609
9 VON GRUENIGEN Michael SUI 578
10 REITER Mario AUT 559
11 ORTLIEB Patrick AUT 548
12 ASSINGER Armin AUT 542
13 STRAND NILSEN Harald Chr. NOR 521
14 TRITSCHER Michael AUT 509
15 PERATHONER Werner ITA 506
16 FURUSETH Ole Christian NOR 466
17 RASMUSSEN Kyle USA 436
18 RUNGGALDIER Peter ITA 403
19 SKAARDAL Atle NOR 355
20 KROELL Richard AUT 331
21 TRINKL Hannes AUT 316
22 STROBL Josef AUT 307
23 SYKORA Thomas AUT 302
24 KITT A J USA 299
25 CRETIER Jean-Luc FRA 293
26 KAELIN Urs SUI 288
27 VITALINI Pietro ITA 286
28 MOE Tommy USA 284
29 AMIEZ Sebastien FRA 279
30 FOGDOE Thomas SWE 269
Rank Name Nation Points
1 SCHNEIDER Vreni SUI 1248
2 SEIZINGER Katja GER 1242
3 ZELLER-BAEHLER Heidi SUI 1044
4 ERTL Martina GER 985
5 STREET Picabo USA 905
6 WIBERG Pernilla SWE 816
7 PRETNAR Spela SLO 669
8 WACHTER Anita AUT 593
9 LINDH Hilary USA 549
10 HROVAT Urska SLO 535
11 GERG-LEITNER Michaela GER 532
12 COMPAGNONI Deborah ITA 524
13 ZELENSKAJA Warwara RUS 511
14 GOETSCHL Renate AUT 509
15 ZURBRIGGEN Heidi SUI 503
16 KJOERSTAD Marianne NOR 454
17 MERLIN Barbara ITA 443
18 DORFMEISTER Michaela AUT 434
19 MASNADA Florence FRA 421
20 KOSTNER Isolde ITA 390
21 PICCARD Leila FRA 332
22 PANZANINI Sabina ITA 310
23 MEISSNITZER Alexandra AUT 294
24 KOREN Katja SLO 282
25 NOWEN Ylva SWE 274
26 CAVAGNOUD Regine FRA 269
27 EDER Sylvia AUT 267
28 BOUVIER Nathalie FRA 264
29 LOEDEMEL Astrid NOR 261
30 ANDERSSON Kristina SWE 252

つづく