ALPINE SKI WORLD CUP 1993/94
The Super Battle
名誉と意地を賭けた熱闘
 
 1993/94シーズンのアルペンスキー・ワールドカップは、1994年3月20日、アメリカ・コロラド州のヴェイルでその長い闘いの幕を閉じた。1993年10月30日、、ワールドカップ史上初めて氷河スキー場のソールデン(AUT)で開幕した「白いサーカス」は、141日間の戦いの後、男子はノルウェーの貴公子、シェティル・アンドレ・オーモットが初の総合チャンピオンとなり、女子はスイスの女傑、フレニ・シュナイダーが5年ぶり2回目の大クリスタル・トロフィーを獲得した。
 オリンピックブームに沸いた今シーズンだったが、一方でアルペンレーシングの眞の王者を決めるワールドカップでは、オリンピックとはまた別の名誉と意地を賭けて、連日に渡る勇者たちの熱い戦いが繰り広げれ、波乱に満ちた27回目のアルペンスキー・ワールドカップ・シーズンが終わった。勇者たちの戦いの後を振り返ってみよう。
●男子総合 壮絶なサバイバル戦争
 初のワールドカップ総合タイトルを獲得したシェティール・アンドレ・オーモットと2位のマーク・ジラルデリ(LUX)の二人は、コンビを含む全てのレースにエントリーし全てのレースに出場した。これは総合優勝を成し遂げるための一つの条件、オールラウンダーでなければ不可能なのだということをはっきりと示している。勝ち星を上げることは重要だがそれよりも全てのレースでポイントを上げることの方がより重要なのだ。この二人の闘いはワールドカップに於ける一つの方向性をはっきりと示している。ワールドカップに於いて最も価値のある総合タイトルを獲得するためには、1シーズンに30戦を超える戦いをまず生き抜くことが必要なのだ。これは言うなればサバイバル戦争とでも言える壮絶な戦いである。

 オーモットは今季4勝しか上げることが出来なかった。大回転2勝(ヒンターストッダー、ヴェイル)、滑降1勝(シャモニー)、コンビ1勝(シャモニー)である。また昨年の覇者、ジラルデリはスーパーGの1勝(ウェンゲン)のみに留まったが総合の2位を確保した。オーモットがポイントを上げることの出来なかったレースは4レースだったが、ジラルデリの方は11レースもあった。この差が385ポイント差となってジラルデリの野望はついえたのである。オーモットの4勝は男子では最多勝利数ではあるのだが、昨年の6勝に比べると不満が残る。回転のみで4勝を上げ回転のタイトルを取ったアルベルト・トンバはオーモットと同じ勝ち星だが、高速系種目に出場しないため総合では3位に留まった。今季全36レース中高速系とコンビは18レースあったから、トンバは総得点の50%を最初から失なっている計算になる。

シェティール・アンドレ・オーモット

シェティール・アンドレ・オーモット

マーク・ジラルデリ
 オーモットは総合優勝は果たしたものの種目別のタイトルは一つも取れなかった。昨シーズンは総合2位だったが6勝(GS-3、SG-3)を上げ大回転とスーパーGの総合タイトルを獲得した。さらに盛岡/雫石世界選手権でも大回転と回転の金メダルを獲得した。今季は期待された地元リルハンメル五輪でも金メダルは一つも取れず銀2個、銅1個に終わった。

 今季オーモットが名実ともにトップを確保したのは第17戦、ヒンターストッダー(AUT)の大回転で今季初優勝を上げてからだが、ここまで16戦を費やさなければならなかったというところに物足りなさを感じる。本来の力からすればもっと楽な戦いになっていたはずだからだ。


 これには決定的とは言えないまでも幾つかの理由が上げられる。
 その第1は、昨年10月末、ワールドカップ開幕間際にイタリアチームから指摘されたノルウェーチームの「ドーピング疑惑」である。「禁止薬物の筋肉増強剤を使っているのではないか」というこの指摘はAP電のニュースとなって世界中を駆けめぐった。確かにオーモットをはじめとしてノルウェーチームの男子チームの異常に発達した筋肉は、そのように指摘されても不思議でないほどの盛り上がりを見せていた。この疑惑は開幕戦の行なわれたソールデンで、ヘッドコーチのディエター・バーチにより真っ向から否定されたが、チーム内に動揺をもたらしたのは否定できない。

 理由の第2はチーム内の不協和音である。自国でのオリンピック開催を控え、ノルウェーチームはコーチ態勢を一新して新しいシーズンに臨んだ。男子高速系のヘッドだったディエター・バーチをナショナルチームの総監督に据え、チーム全体の共通トレーナーと男子高速系のヘッドにオーモットの父親であるフィン・オーモットが就任、男子技術系のヘッドは昨年までと同様にアレス・ガートナーが留任。この3人によるトロイカ態勢で万全を期した。ところがシーズンが始まって間もなく、彼らの仲が旨くいっていないという噂が広まった。フィン・オーモットとガートナーが反目し合っているというのである。ところがこの噂の真偽を確かめる間もなく12月10日に、アレス・ガートナーが遠征先で心臓麻痺による変死を遂げてしまった。意外な成り行きに以後このことを口にするものはなくなった。オーモットにこれらのことがどう作用したか、その因果関係は明かでないが、メンタルの面で何らかの影響を与えたであろう事は想像に難くない。
 さらに第3の理由として、、テクニック上の問題が上げられる。オーモットの技術的な面についてバーチは次のように述べている。「テクニックについては彼はまだ若干の迷いがある。具体的にいえば入射角についての問題だ。私の感想では問題はないと思われるが、彼はテクニックの追求については留まることがなくどん欲だ。中々勝てないのはメンタルな面を含めてムラがあるからだ。彼の能力からすれば、完璧な滑りをしたときは敵はいないはずだ」と。

 その言葉を証明して見せたのは最終戦のヴェイルに於ける大回転の2本目の滑りである。彼はここでなんと12人抜きの荒技を見せて逆転優勝し、初の総合優勝に華を添えた。この時の滑りこそがオーモットの本来の滑りであろう。
 この3月19日に行なわれた大回転の最終戦を再現してみよう。1本目、オーモットは1位のフレデリック・ニーベルク(SWE)に彼自身の言葉を借りるならば「最悪の滑り」で1秒02遅れの13位と出遅れた。しかし2本目、3番目にスタートしたオーモットはまさにノーミスのパーフェクトなアタックを見せてトップに立った。ゴールしたあとオーモットは荒い息づかいでガッツポーズを見せ、そのまま仰向けに倒れ込んでしばらく起きあがれなかった。その後次々にゴールする選手たちは誰もオーモットを抜くことが出来ない。そしてトップだったニーベルクはゴール前の急斜面に至る緩斜面にセットされたオープンゲートで内足に乗り転倒してしまったのである。ニーベルクはこの失敗で目の前にぶら下がっていた種目別大回転総合のタイトルを逃した。それを拾ったのがこのレースで2位に入った新鋭のクリスチャン・マイヤー(AUT)である。

 2年目のジンクスをはね除けて総合優勝を達成したとはいえ、オーモットにはまだ王者の風格がない。バーチが指摘したように彼がレースに於けるムラを克服したときこそ真の王者の風格が備わるだろう。そして敵はいなくなり彼の時代が続くはずだ。


 男子では史上初、女子のアンネマリー・モザー・プレル(AUT)と並ぶ6度目の総合タイトルに挑んだマーク・ジラルデリは、オーモット同様全てのレースにエントリーし全てのレースに出場した。しかし今季のジラルデリはどういうわけかスラロームでのコースアウトが異常に多かった(8戦中5戦)。これがオーモットの後塵を拝し2位に留まった原因である。
 ジラルデリの最初のつまずきは12月14日に行なわれたセストリエールのスラローム。1本目5位と好位置に付けたが2本目、中間の急斜面でコースアウトしてしまった。珍しく天を仰いで絶叫したジラルデリだったが、今季はスラロームでこの手のミスが多かった。2回あったコンビで一度も得点できなかった原因である。

 2度目のつまずきは12月17日に行なわれたバル・ガルデナの滑降第1戦である。自ら選んだ30番のスタートでゴールしたとき、それまでの誰よりも速いタイムをマークした。当然勝ったと思ったジラルデリはガッツポーズをとって喜びをあらわにした。だがその52分後にベルナーフランツ(AUT)に、さらに14分後には66番スタートのマルクス・フォザー(LIE)に抜かれてしまった。この二人はこれがワールドカップ初出場のルーキーだった。この敗退がジラルデリの計算を狂わせた。今季は一度もトップに立つことなく、本来の調子を取り戻せないままにシーズンを終えた原因がここにある。


ギュンター・マーダー
(Gunther Maderを
アメリカではアナウンサーが
ガンター・メーダーと呼び上げた)
 トンバにわずか2ポイント差で総合4位になったギュンター・マーダー(AUT)の出だしは好調だった。パーク・シティの大回転で優勝し、バルディゼールのスーパーGでも優勝した。1月9日のクラニスカ・ゴラまではオーモットと熾烈なトップ争いを演じていたのである。オーストリアにカール・シュランツ以来の総合タイトルをもたらすかとも思われたのだが、ヒンターストッダー以後失速してしまった。
 その第一の原因は滑降でポイントを上げることが出来なかったことである。'92年アルベールビル五輪の滑降で銅メダルを獲得したマーダーは、その年からチームを離れ、プライベートチームを結成してトレーニングに励んだ。しかし結局は滑降のトレーニング環境を得ることが出来ず、今季はチームに復帰しての闘いだった。そのことが尾を引き中盤以降に影響を及ぼした。さらに1月29日のガルミッシュに於けるウルリケ・マイヤーの死亡事故が追い打ちをかけた。彼のみならずオーストリアチームは打ちひしがれたままシーズンを終えた。
 そんな中でともに大回転の総合タイトルを獲得したクリスチャン・マイヤーとアニタ・バヒターは称賛に値する。オーストリアチームは今季も6年連続でネーションズカップを獲得したが、これはシーズン序盤、中盤の貯金が功を奏したためである。

Men's Overall Standings Women's Overall Standings
Rank Name Nation Points
1 AAMODT Kjetil Andre NOR 1392
2 GIRARDELLI Marc LUX 1007
3 TOMBA Alberto ITA 822
4 MADER Guenther AUT 820
5 TRINKL Hannes AUT 701
6 THORSEN Jan Einar NOR 657
7 KJUS Lasse NOR 651
8 MOE Tommy USA 650
9 SKAARDAL Atle NOR 641
10 MULLEN Cary CAN 535
11 MAYER Christian AUT 533
12 ORTLIEB Patrick AUT 529
13 PICCARD Franck FRA 516
14 BESSE William SUI 515
15 KOSIR Jure SLO 484
16 GSTREIN Bernhard AUT 472
17 STANGASSINGER Thomas AUT 452
18 MAHRER Daniel SUI 443
19 VON GRUENIGEN Michael SUI 441
20 NYBERG Fredrik SWE 434
21 LOCHER Steve SUI 418
22 JAGGE Finn Christian NOR 389
23 PODIVINSKY Ed CAN 366
24 FOGDOE Thomas SWE 352
25 WASMEIER Markus GER 342
26 BARNERSSOI Tobias GER 328
27 ALPHAND Luc FRA 293
27 BELFROND Matteo ITA 293
29 RUNGGALDIER Peter ITA 284
30 VITALINI Pietro ITA 275
Rank Name Nation Points
1 SCHNEIDER Vreni SUI 1656
2 WIBERG Pernilla SWE 1343
3 SEIZINGER Katja GER 1195
4 WACHTER Anita AUT 1057
5 ERTL Martina GER 943
6 COMPAGNONI Deborah ITA 841
7 MAIER Ulrike AUT 711
8 PEREZ Bibiana ITA 667
9 KJOERSTAD Marianne NOR 570
10 HROVAT Urska SLO 523
11 GALLIZIO Morena ITA 505
12 KOREN Katja SLO 447
13 DOVZAN Alenka SLO 444
14 PACE LINDSAY Kate CAN 398
15 PRETNAR Spela SLO 378
15 GOETSCHL Renate AUT 378
17 ZELLER-BAEHLER Heidi SUI 357
18 GERG Hilde GER 344
19 KOSTNER Isolde ITA 340
20 MERLE Carole FRA 303
21 SUCHET Melanie FRA 291
22 PICCARD Leila FRA 287
23 TWARDOKENS Eva USA 279
24 ANDERSSON Kristina SWE 274
25 LINDH Hilary USA 271
26 EDER Sylvia AUT 268
27 ZURBRIGGEN Heidi SUI 264
28 CAVAGNOUD Regine FRA 259
29 MEIER-HOECK Christina GER 252
30 VOELKER Heidi USA 251

つづく