ALPINE SKI WORLD CUP 2000/2001
Val d'isere (FRA). Men's 4th Downhill. 16,Dec,2000
イタリアデーに沸いた男子滑降第4戦
写真・左上から1位、アレッサンドロ・ファットーリ、2位、クリスチャン・ゲディーナ、3位、ローランド・フィッシュネーラー
写真・右上、フィッシュネーラーの3位が決まった途端、ゴールになだれ込んだイタリアチーム、レースは終わっていないのに
写真・右下、1−3位独占は1988年ロイケルバド(SUI)の滑降以来12年ぶりで表彰台を占領したイタリアチーム

 本来ならバル・ガルデナ(ITA)で行なわれるはずだった男子滑降第4戦は、12月16日、バルディゼール(FRA)で行なわれた。先週の土曜日にここで滑降第3戦が行なわれたばかりである。この会場移転が各チームにどのような影響を及ぼしたかは定かではないが、少なくともイタリアチームにとっては最良の会場変更であった。なにしろパワーチームで名を馳せているオーストリアを遠く彼方に追いやって表彰台を独占するという離れ業をやってのけたのだから。イタリアチームの表彰台独占というと、1988年まで遡らなければならない。ロイケルバド(SUI)の滑降でミハエル・マイル、ジョルジオ・ピアンタニーダ、ウェルナー・ペラトーナーが1−3位を独占して以来である。

 2日前から降り続いた雪は前日のトレーニングをキャンセルさせた。本番でのスタート順は、トップシードの選手たちはみな遅いスタート順を選んだ。13番以降にオーストリアの選手たちがひしめきヘルマン・マイヤーは22番だった。9日に行なわれた滑降第3戦と同じ位置までスタート下げて行なわれた今日のレースは、前回に比べて7秒以上も遅いタイムを刻んだ。条件が悪くスキーが滑らなかったのである。オーストリアチームが遅いスキーに苦労する中でイタリアチームのスキーはよく滑った。

 まず12番で滑ったクリスチャン・ゲディーナがベストタイムを奪った。アメリカシリーズを欠場して臨んだ第2戦、滑り出しは順調かに思われた。22番で滑ったヘルマン・マイヤーは届かなかったが、25番で滑った同僚のアレッサンドロ・ファットーリに抜かれてしまった。これがファットーリのワールドカップ初優勝である。滑降ではこれまでは95年キッツビューエルの4位が最高だった。この時点では3位にブルーノ・ケルネン(SUI)がまだ残っていたが、ゼッケン47番、ローランド・フィッシュネーラーが3位に飛び込んできてイタリアの12年ぶりの表彰台独占が決定した。これまで滑降シーンを支配してきたヘルマン・マイヤーは16位、ステファン・エバハルターは38位、ラッセ・シュースは41位、フリッツ・ストローブルにいたっては滝下泰之(ミズノ)よりも遅い56位だった。