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| "Audi" Alpine Ski World Cup 2005/06 |
| "Ciao" 2006シーズン限りで引退した偉大なる選手たち |
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最終戦のオーレ(SWE)で皆に祝福されやめていった
モンティレ(FRA)、ドルフマイスター(AUT)、エルトル(GER) |
| Carole Montillet-Carles (FRA), Michaela Dorfmeister (AUT), Martina Ertl-Renz
(GER) |
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| Daron Rahlves (USA) |
Max Rauffer (GER) |
Lasse Kjus (NOR) |
Christian Mayer (AUT) |
Jean Pierre Vidal (FRA) |
Kristian Ghedina (ITA) |
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| Michaela Dorfmeister |
Sonja Nef (SUI) |
Hilde Gerg (GER) |
Isolde Kostner (ITA) |
Carole Montillet (FRA) |
Martina Ertl (GER) |
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オリンピックも終わりワールドカップ2006シーズンも終わった。これから2ヶ月間は野球で言うならばストーブリーグ。自主トレに励む選手たち、契約更改にいそしむ選手たち、FISポイント獲得のため残りのFISレースを回る選手たちと様々だが、今季限りで止めていった選手たちもことのほか多い。ワールドカップシーンを沸かせてくれた選手達のこれは最後の顔見せである。
ダロン・ラールブス(32歳)は3月26日、シュガーロウフ(アメリカ・メイン州)で行なわれた全米選手権のスーパーGで勝利して選手生活に終止符を打った。USスキーチームに13年間在籍し、世界選手権('01・サン・アントン)のスーパーGで金メダルを獲得、ワールドカップでは通算13勝(DH・9、SG・3)を挙げ、全米選手権は7回のタイトル(DH・1、SG・4、GS・2)を獲得している。今季はビーバー・クリーク(USA)の滑降、ボルミオ(ITA)の滑降、ウェンゲン(SUI)の滑降と滑降で3勝を挙げ、総合4位、種目別滑降・3位、スーパーG・3位と、やめるには惜しい成績を残した。だがシーズン当初から「家庭を犠牲にするわけにはいかない、クリスマス、新年を家族と一緒に過ごしたいのだ」と、今季限りでの引退を表明していた。引退後はボーディ・ミラーと映画を作る予定になっている。題名は「スキーレーサーの人生」。またフリースキーイングを楽しみたいとも言っている。
ラッセ・シュース(35歳)。16年間のワールドカップ生活で総合優勝・2回(1996、99年)、種目別滑降のタイトル1回('99年)、世界選手権の金メダル3('93年・盛岡/雫石・コンビ、'99年・ヴェイル/ビーバー・クリーク・スーパーG、大回転)、オリンピックの金メダル・1('94年・リルハンメル・コンビ)。ワールドカップ通算18勝(滑降・10、スーパーG・2、大回転・2、コンビ・4)。'99年のヴェイル世界選手権では金メダル2個の他に、滑降、回転、コンビで銀メダルと全てのレースで金銀のメダルを獲得した。呼吸器系の疾患に常に悩まされたアタッキング・バイキングの旗手、ラッセ・シュースは数々の伝説を残してピステから去っていった。
クリスチャン・マイヤー(34歳)は大回転のスペシャリストである。ワールドカップ全7勝の内、6勝は大回転で挙げた。ただしすべて2000年以前の勝利である。ここ数年はオーストリアのカーダーに指定はされてはいたが故障が多く、余り良い成績は上げていなかった。今季は昨年暮れのクラニスカ・ゴラ(SLO)の大回転に出場して23位、それ以後はレースには出場していない。'94年に大回転のタイトルを獲得、メダルは'94年・リルハンメル・オリンピックの大回転で3位、'98年・長野オリンピックのコンビで3位、'99年・ヴェイル世界選手権のスラロームで3位に入り、それぞれ銅メダルを獲得している。
クリスチャン・ゲディーナ(36歳)。1990年、21歳でワールドカップにデビュー、いきなり生地のコルチナ・ダンペッツォ(ITA)で行なわれた滑降で初優勝を飾った。以来16年間をワールドカップで過ごし、通算13勝(滑降・12勝、スーパーG・1勝)を挙げた。イタリアといえば技術系に優れた選手が多いが、ゲディーナはそんな中で滑降のトップシードを走り続けてきた。オリンピックでは表彰台に縁がなかったが、世界選手権では'91年・ザールバッハ/ヒンターグレム(AUT)のコンビで2位、'96年・シエラ・ネバダ(SPA)の滑降で2位、'97年・セストリエール(ITA)の滑降で3位と3個のメダルを獲得している。大の車好きで、引退後はカー・レーシングの世界も伺っている。
ジャン・ピエール・ヴィダル(29歳)。2002年、ソルトレーク・オリンピックの回転でダークホースながら金メダルを獲得、1968年・グルノーブル五輪のジャン・クロード・キリー以来34年ぶりにスラロームの金メダルをフランスにもたらした。それ以後忘れられていた感の強かったヴィダルだったが、今季キッツビューエルのスラロームで4年ぶりに優勝しその存在をアッピールした。勇んで乗り込んだトリノ・オリンピックだったが、スラロームの本番前日にトレーニング中に腕を骨折、そのまま引退した。ワールドカップは2勝。
マックス・ラウファー(33歳)。今季シーズン・イン直前に引退を発表した。2004年12月18日、ワールドカップ参戦10年目にしてバル・ガルデナで滑降の初優勝を挙げた。ドイツのホープとしてオリンピックシーズンに期待がかかっていたが、「体にかかる重い重力に耐えられなくなった」と、体力の限界を理由にしての引退である。1ヶ月前にフローリアン・エッケルトが引退して、ドイツチームではただ一人残ったダウンヒル・スペシャリストだったが、これでドイツ男子の滑降の火は消えた。
ユーレ・コシール(33歳)。スロベニアの技術系を引っ張ってきたコシールは、今シーズンがラストシーズンだとシーズン前から公言していた。過去4回のオリンピック('92、'94、'98、'02)に出場。今年のトリノも目指していたが、シュラドミング(AUT)のスラローム(DNF)を最後にワールドカップから引退した。トリノにはエントリーされなかった。ワールドカップはスラロームで3勝('93年・マドンナ・ディ・カンピリオ、'99年・クラニスカ・ゴラ、同キッツビューエル)、オリンピックはリルハンメルのスラロームで銅メダルを獲得したのがベストである。
ミカエラ・ドルフマイスター(33歳)。オーストリアを代表するスーパー・スターがまた一人ピステを去った。2006年トリノ・オリンピック、滑降とスーパーGで金メダル、ワールドカップでも滑降とスーパーGのタイトルを獲得し潔く引退していった。ワールドカップ通算23勝(滑降・6、スーパーG・9、大回転・8)、2002年には総合優勝を達成、種目別では'00年に大回転、'02年には滑降、'04年にはスーパーG、そして今季は滑降とスーパーGでタイトルを獲得した。世界選手権では'01年のサン・アントンで滑降、'03年のサン・モリッツではスーパーGで金メダルを獲得している。1992年、19歳でワールドカップにデビュー、14年間のワールドカップ生活は栄光に満ちた日々だった。
ソニャ・ネフ(33歳)。スイスを代表する技術系のスペシャリストである。1993年21歳でワールドカップにデビュー。初優勝はデビューして3年目の1996年、セストリエール(ITA)での回転だった。以来13年間のワールドカップ生活で15勝(大回転・13、回転・2)を挙げた。'01シーズンにソニャは爆発した。このシーズン8戦あった大回転で6勝を挙げた。開幕初戦のソールデン(AUT)こそ15位だったがセストリエール(ITA)第1戦の3位以外はすべて1位である。とくに後半のぶっちぎりの5連勝は素晴らしいものだった。さらにこの年サン・アントン(AUT)で行なわれた世界選手権の大回転でも金メダルを獲得した。'01、'02シーズンと2年連続で種目別大回転のタイトルを獲得した。ここまでが華だった。今季始め、チーム内のごたごたから引退を勧告されたがオリンピック出場のためにチームに残留、だが成績が出ず、おまけにインフルエンザでダウン。オリンピック出場を断念し、そのまま引退を決意した。ソルトレーク・オリンピックでは大回転で銅メダルを獲得している。
マルティナ・エルトル(32歳)。1991年12月8日、サンタ・カテリーナ(ITA)の大回転に18歳でワールドカップにデビューし、去る3月18日、オーレ(SWE)で行なわれた今季最終戦の大回転出場でワールドカップ生活に別れを告げた。そして15年間でワールドカップ428レース出場の記録を作った。オリンピックは'94年・リルハンメルの大回転2位、'98年・長野のコンビ2位、'02年・ソルトレークのコンビ3位、世界選手権では、'96年・シエラ・ネバダの大回転3位、'01年・サン・アントンのコンビ1位。ワールドカップ通算14勝(回転・2、大回転・10、スーパーG・2)、種目別大回転で'96年、'98年に総合タイトルを獲得している。昨年夏に結婚して名前がマルティナ・エルトル・レンツに変わった。
キャロル・モンティレ(33歳)。なんと言っても華は2002年、ソルトレーク・オリンピック滑降の金メダルである。高速系のスペシャリストとしてフランスチームを引っ張ってきた。14年間のワールドカップ生活で8勝(滑降・4、スーパーG・4)を挙げた。どちらかというと遅咲きで、デビューして10年後の'03、'04シーズンに多くの勝利を挙げた。'03、'04とレーク・ルイーズ(CAN)の滑降で3連勝、'03シーズンはスーパーGで3勝を挙げ、種目別のタイトルを獲得した。'94年に引退したキャロル・メルレ、'01年に非業の最期を遂げたレギーネ・カバニョーの後を引き継いだかっ飛ばしお姉ちゃんだったが、今季はついに力尽きた。昨年夏に結婚してキャロル・モンティレ・カルルスと名前が変わっている。
ヒルデ・ゲルグ(30歳)。1998年、長野オリンピック、スラロームの金メダリストである。1991年に16歳でドイツチームに迎えられ、1993年からワールドカップに出場。1994年にシエラ・ネバダ(SPA)で行なわれたスーパーGでワールドカップ初優勝を挙げた。以来13年間のワールドカップ生活で20勝(滑降・7、スーパーG・8、大回転・8、回転・1、パラレル・1、コンビ・3)を挙げ、1997年と2002年にはスーパーGで種目別のタイトルを獲得している。そして1998年長野オリンピックではスラロームで金、コンビで銅メダルを獲得した。ゲルグは全種目で優勝した数少ないレーサーの一人なのだ。今季シーズン始め、11月16日にカッパー・マウンテン(USA)でスーパーGのトレーニング中に転倒、右膝の後十字靱帯を断裂し、トリノオリンピックまでに復帰の見込みが立たず引退に踏み切った。
イゾルデ・コストナー(30歳)。トリノ・オリンピック開幕を1ヶ月後に控えた2006年1月10日、妊娠したことを理由に引退を発表した。1991年に16歳でナショナルチームに入り、19歳の1994年からワールドカップに参戦、ワールドカップで15勝を挙げた(滑降・12、スーパーG・3)。'01年と'02年には種目別滑降で総合優勝。世界選手権は1996年のシエラ・ネバダ(SPA)と1997年のセストリエール(ITA)のスーパーGで優勝、'01年のサン・アントン(AUT)のスーパーGで2位。オリンピックでは1994年・リルハンメルの滑降とスーパーGで3位、2002年・ソルトレークでは滑降で銀メダルを獲得した。「母親になること以上の金メダルがあるであろうか」と潔く引退した。イタリアは男子のクリスチャン・ゲディーナとともに、偉大な高速系レーサーを二人失った。後を継ぐのは若いエレナとナディアのファンキーニ姉妹である。
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