見谷昌禧のプロフェッショナルの視点 2006/2007
1 レヴィ(FIN)のスラローム
 11月12日、ワールドカップ回転レースが開催された。人工降雪機でつくられた雪が充分で完璧なコースコンディションであった。コースのプロフィールは、シーズン当初のレースに最もふさわしいコースであった。スタートからコース前半は緩斜面でリズムに乗りやすく、徐々に斜度が急になり、斜面にウエーブがあり技術的に難度を高め、スピードをコントロールしながらコースの中間を滑りきり、コース後半は緩斜面でスピードを維持しながらゴールする。
2 ビーバー・クリーク(USA)のスラローム
 レース展開は、先のレヴィ(FIN)の大会と全く違った内容になった。例年、この時期ではコンディション作りの上手な第1シードの選手達が上位を占め、ダークホースの選手が次に続くという結果が多かったはず。ところが、今年のこの大会では、ここ数年間起きた事の無かった“ハプニング”が生じたのである。
3 ビーバー・クリーク(USA)の大回転
 大回転コースとしては長い方に属するのでスタミナが要求されるコース。スタート地点からコース前半部では、斜度の急な中斜面を200メートル位すべる。この部分で素早く今日の自分の調子を見きわめながら、旗門構成のリズムに対応しながらすべる事がポイント。その後、長い緩斜面があり、クローチングフォームを維持しながら、いかにスキーをすべらせるか。この部分は、滑降競技に強い選手が有利。
4 アルタ・バディア(ITA)のスラローム
 回転競技のコースは、大回転コースの後半部を使用する。コースプロフィールとしては、スタート直後のみ急斜面で、殆ど緩斜面でのレース。レース展開としては、コース自体がやさしいコースだけに、いかに旗門構成でレースを白熱化させるかであった。この日は、気温が下がらず、雪質はハードではなかった。番狂わせの起こりやすいコンディションであった。
5 アルタ・バディア(ITA)の大回転
 コースプロフィールは3枚の急斜面に別れていて、その各斜面のつなぎに中斜面がある。このことは、各急斜面の入り口の方向をしっかりと決める判断力が求められる。セッターは、この部分に3双旗のオフセットの大きな旗門をセットして、さらに、難易度の高いレースとなっていた。そのために、各急斜面の第1双旗のターンの入射角の方向が勝負の分かれ目となった。また、
6 ヒンターストーダー(AUT)の大回転
 現在の大回転のターンテクニックでは、上体を低めに構えて(いわゆる中間姿勢)、脚部を左右に動かしながらターンを仕上げるのが主流である。ところが、勝ったスピンダルの滑りを見ると、ヨコ方向に大きく移行するセットでは、かつて使っていた体の上下運動を使って滑る技術が有利であることを証明してくれた。
7 アーデルボーデン(SUI)のスラローム
 コースプロフィールは、前半部から中半部では中斜面に大きなタテのウェーブが数箇所あり、難しい斜面をすべる。後半部は、一枚バーンの急斜面で一つのミスも見逃してはくれない。スタートからゴールまで、斜面の変化に対応する技術が難しい。さらに、旗門構成でウェーブの上の部分に旗門がセットされていてターン時の入射角が難しく、レースの難易度が高められていた。
8 アーデルボーデン(SUI)の大回転
 2007年1月6日 ワールドカップ男子大回転第4戦が、スイスのアーデルボーデンで開催された。ヨーロッパ全土が雪不足で、レースの開催が危ぶまれている状況下に、アーデルボーデンのスキー場に雪があることが何故か不思議な光景に見えた。大会は、雪があり、天候に恵まれると70パーセントは成功したと言える。今までのすべての大会を含めても最高のコンディションに恵まれた。
9 キッツビューエル(AUT)のスラローム - 1
 キッツビェールの回転コースが雪不足のために変更になったのは、私の知る限りでは1969年以降では2回目である。このハーネンカムレースは今年で67回目の歴史がある大会なのであるが、この最悪の状況では変更もやむを得ない。この回転コースは、数多くある回転コースの中で一番難度の高いコースとして有名であるだけに、コースの変更は選手達にとっては残念なことであろう。
10 キッツビューエル(AUT)のスラローム - 2
 2007年1月28日、昨日の第5戦に引き続き、オーストリアのキッツビューエルで男子スラロームの第6戦が開催された。昨日と違って今日は快晴に恵まれた。
 1本目、今日はオーストリアチームが奮起した。2位から4位までをオーストリアが占めた。2位がブビ23のマンフレット・ブランガー、3位がマリオ・マット、4位がライナー・シェーンフェルダー、6位ベンジャミン・ライヒ。だがまたしてもビッグマルク(SWE)に大逆転を許してしまった。
11 シュラドミング(AUT)のスラローム
 2007年1月30日、男子回転第7戦がオーストリアのシュラドミングで開催された。全コースが4万人以上の観衆で埋め尽くされ、レースが始まる以前にコース外が熱気に包まれていた。
 このシュラドミングのレースが、今シーズンで一番盛り上がったレースであり、一番技術レベルの高いレースであった。まさに、これがワールドカップの回転レースであることを証明してくれ、スキーファンを痺れさせてくれた。
12 ガルミッシュ・パルテンキルヘン(GER)のスラローム
 2月25日、男子回転8戦がドイツのガルミッシュ・パルテンキルヘンで開催された。コース上にしか雪が無く、スキー場は草原状態でレース会場とは思われない状況の元でのレースである。
 レースを開催するのにぎりぎりの状況で、気温スタート地点:+5℃、ゴール地点:+6℃。人工降雪機での雪がなんとか解けないでいる状態。当然、選手が滑るとコース上はすぐに掘れた状態になり、スタート順の早い選手が絶対に有利。
13 クラニスカ・ゴラ(SLO)のスラローム
 このレースは、各選手の現在のポジションの状況によって戦略が異なるところに面白さがあった。総合優勝の掛かっている選手は、とにかくゴールしてポイントを稼いでおくことが先決。最終戦の資格をキープしておきたい選手とこのレースで一発勝負をかけて最終戦の資格を獲得したい選手との激突、また回転種目のランキングの上位を狙う選手達の滑りなどに興味が持たれていた。
14 レンツェルハイド(SUI)最終戦のスラローム
 2007年3月18日 スイスのレンツェルハイドで男子回転第10戦が行なわれた。アルペン種目の最終戦の最終日である。この回転レースには二つの重大な決定事項が含まれていた。それは、このレースの成績次第で、回転種目のランキングと総合優勝のランキングの両方が決まるのである。
15 クラニスカ・ゴラ(SLO)の大回転
 2007年3月3日、大回転第5戦がスロベニアのクラニスカ・ゴラにて開催された。FISオフィシャルでは第6戦となっているが実際は5レース目である。このレースが大回転レースの最終戦になる。あとの一レースは、全種目の最終戦での大回転レースとなる。最終戦に参加する資格は、大回転種目のランキング25番までの選手しか参加できない。
16 レンツェルハイド(SUI)の大回転
 2007年3月17日、大回転の第6戦(最終戦)がスイスのレンツェルハイドで行なわれた。このレースの結果次第で、今シーズンの大回転種目のチャンピオンが決まるという大切なレースであった。緊迫したレース展開になるであろうと期待していたが、結果から言うと、ベンジャミン・ライヒ(AUT)選手の失敗で、アクセル・ルンド・スヴィンダル(NOR)選手が優勝してチャンピオンの座についた。

オーレ世界選手権特集
男女・スーパー大回転
 天候の関係で従来のスタート地点から104m下げてのレースとなった。昨年の3月末の最終レースでは、全長2172mのコース、ターン数40で、優勝したボーディ・ミラー(USA)が1分27秒78のタイム(3月の雪質)。今回のレースでは、全長1820m、ターン数32(コースの長さを327m短縮、5ゲート少ない)で優勝したイタリアのパトリック・スタウダッハーが1分14秒30。一概に比較することは出来ないが、このコースの短縮が優勝したイタリアの新鋭に味方をしたとも言えるかもしれない。
男子・スーパー・コンバインド
 2月8日、男子スーパー・コンビが開催された。快晴のもと最高のコンディションであった。だが、気温スタート地点:−15℃。ゴール地点:−16℃。雪温はスタート地点:−12℃、ゴール地点:−14℃。北欧特有の気候でとにかく寒い。各選手は顔をフェイスマスクやテープでガードしていた。
 この種目は、滑降種目のコースを少し短くしたコースを使用し、回転種目は1本のみ、この二つの種目の合計で順位を決める種目である。
女子・スーパー・コンバインド
 パーション選手の滑りはパーフェクトであった。前半部から中半部への移行でのハイスピードターンのコース取りは、強靭な脚力をフルに使って少しでも高い位置からのターンのキッカケをとり、スムースなターン弧を描いての滑りは他を圧していた。大回りターンでは、クローチングフォームを維持したままで仕上げていた体のバランスの良さも素晴らしかった。
男女・滑降
 2007年2月11日、男女の滑降レースが開催された。ここに来て天候が安定し、順調に大会が消化されている。スピード系の大会は天候に左右されるので、この天候の安定こそスピード系の選手達の最大の望みであった。コンディション作りがしやすくなることで、滑降レースがより白熱化する。当初、悪天候のために3日間も延期して、大会関係者、各チームも苛立ちを隠せなかった。
女子・大回転
 2007年2月13日、女子大回転レースが行なわれた。スタート時間は1本目17時、2本目20時のナイターレースである。気温スタート地点:−9℃、ゴール地点:−14℃。雪温はスタート地点:−15℃、ゴール地点:−14℃。コースコンディヨンはハード。パッキングされた雪はエッジングの瞬間、きしむようでスキーの走りは少し悪いように思える。
男子・大回転
 1本目、ターン数47、セッターはスェーデンのA・プレン。旗門構成としては、リズムに乗りやすいものであったように思えるが、選手達の滑りを見ていると全体的にオフセットが大きく、体力勝負に見えた。難しい部分は3箇所あった。ウェーブの頂点から次の旗門へ落差が小さく、オフセットの大きい旗門でのコース取りが難しくセットされていた。
女子・回転
 女子の最後のレースだけに、話題はアニャ・パーション選手の4つめの金メダル獲得がなるかどうかが話題の中心だった。だがこの種目では、オーストリアのマルリース・シールド選手の、ワールドカップ6戦中5勝の実積がどこまでものをいうかも興味深いところ。
 優勝したチェコのサルカ・ザーロブスカ選手の、長い脚を左右にスムースに動かしながらの滑りは速くて、美しかった。
男子・回転
 レースの予想としては、オーストリアチームとスェーデンチームとの争いに、いかにしてノルウェーチームとアメリカチームが加われるかと見ていた。結果から見ると、オーストリアとノルウェーの争い、スェーデンは自滅した感がある。意外なチームの健闘が目立った。
 回転コースも他のレースと同じくウェーブが多く、旗門構成の組み合わせによって、見た目よりもセットは以外に難しいものであった。とくにこのレースでは、オープンテレグラムで落差の少ないセットが立てられていたのが特徴。この部分での多くの選手達がミスを犯していた。

筆者紹介

見谷昌禧(みたにまさよし)

 1938年、樺太・真岡生まれ
 1960年、スコーバレー(アメリカ・カリフォルニア州) 第8回冬季オリンピック日本代表
 1962年、シャモニー(フランス) アルペンスキー世界選手権日本代表
       ヴィラール(スイス) アルペンスキー・ユニバシアード日本代表
 1969年、札幌オリンピック日本アルペンチーム強化コーチ就任。
       日本選手を最初にワールドカップに参戦させたコーチである。
 見谷スキースクール会長
 現在は飯綱リゾートスキー場・菅平高原つばくらスキー場でアルペン競技専門のスキースクールを主宰
    →MSS見谷スキースクール

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