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| PRETNAR Spela (SLO) |
1973年3月5日生まれ
身長 168cm 体重 58kg
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SKI: Rossignol
BOOTS: Rossignol
BINDING: Rossignol
※2003年引退 |
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| Maribor 00 SL |
Sestriere 00 SL |
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| Park City 03 SL |
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Photo: Momoko Oshita |
World Cup Ranking
General
1992/99th, 1993/55th, 1994/15th,
1995/7th,
1996/-, 1997/48th,
1998/19th, 1999/19th, 2000/7th, 2001/36th, 2002/49th, 2003/65th,
Special
1995 GS/3rd, 1999 GS/13th, SL/7th, 2000 SL/1st,
2001 SL/13th, GS/44th. 2002 SL/18th, GS/43rd. 2003 SL/25th, GS/56th.
World Championships
1993 Morioka SL/22nd, GS/6th,
SG/7th.
1997 Sestriere SL/12th,
GS/11th.
1999 Vail GS/8th.
2001 St.Anton SL/DNF, GS/DNF.
2003 St.Moritz SL/DNF.
Olympic Games
1994 Lillehammer DH/23rd,
SL/11th, GS/12th.
1998 Nagano SL/DNF, GS/DNF.
2002 Salt Lake City SL/20th, GS/20th.
World Cup - 6 w. (5 SL, 1 GS)
| 1. |
SL: |
Are 99, Copper Mtn.00, Berchtesgaden 00, Sant.Caterina 00,
Are 00, |
| GS: |
Bormio 95. |
| 2. |
SL: |
Maribor 00, |
| GS: |
Maribor 95. |
| 3. |
SG |
Frachau 95. |
| GS: |
Cortina 95. |
| SL: |
Bormio 98 I, II. Sestriere 00, |
| 4. |
SL: |
Bormio 95, Semmering 99, Berchtesgasden 99, Lienz 2000,
Park City 01, |
| GS: |
Are 95, Park City 97, |
| 5. |
SL: |
Maribor 94 I, Sestriere 02, |
| 6. |
SL: |
Are 01, |
| GS: |
Cortina 99, |
| 7. |
SL: |
Mammoth 94, Lienz 98, Flachau 01, Are 02, |
| GS: |
Cortina 93, Sta.Caterina 94, Are 98, |
| 8. |
DH: |
Garmisch 94, |
| GS: |
Soelden 99, Maribor 99, |
| 9. |
SL: |
Maribor 95, Bormio 00, Aspen 01, |
| GS: |
Vail 94, Are 99, |
| 10. |
SL: |
Crans Montana 98, Sestriere 00, |
| GS: |
Haus 95, Bormio 98, Semmering 99, |
| SG: |
Bormio 95, |
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2000年3月19日、ボルミオ(ITA)で開催されたワールドカップ1999/2000の最終日、女子回転の表彰台に立ったシュペラ・プレットナーは、スラロームの総合優勝を獲得した彼女を称える国歌の演奏中、あふれ出る涙を抑えきれずに何度も顔を覆った。旧ユーゴスラビアから独立した若い国・スロベニアが獲得した初めてのクリスタルカップである。
前年ヴェイル(USA)で開催されたアルペンスキー世界選手権の回転で、プレットナーはもう少しのところでメダルを逃した。1本目3位に付けていながら2本目、ゴール直前でコースアウトしてしまったのである。だから今季(2000)回転第1戦のカッパー・マウンテン(USA)で優勝したとき、同じコロラドの空の下で行なわれたこともあって「リベンジ」と云われた。だが彼女の「リベンジ」はこれだけで収まらなかった。ベルヒテスガーデン(GER)、サンタ・カテリーナ(ITA)、オーレ(SWE)でも勝ち、計4勝を上げて初めての回転種目総合優勝に輝いたのである。だがこの勝利はカッパー・マウンテンで優勝を分け合ったクリステル・パスカル・サイオーニ(FRA)の激しい追い上げにあい、わずか19ポイント差での薄氷を踏むような勝利であった。
プレットナーがワールドカップに参戦したのは1991年、17歳の冬だった。3年後、ボルミオ(ITA)で行なわれた大回転でワールドカップ初優勝を上げた。これまでではこの'95年のシーズンが一番充実したシーズンだった。このシーズン、ワールドカップ種目別の大回転で総合3位に入り全体の総合でも7位になっている。だが躍進が期待されていた翌'96シーズンは開幕当初の怪我によりシーズンを棒に振った。シエラ・ネバダ(SPA)で開催された世界選手権は自費で観戦に訪れたが、ロシニョールが用意してくれた部屋でテレビに見入る毎日を送った。
本来大回転を得意としていたシュペラが回転でも初優勝を上げたのはヴェイル世界選手権(USA/1999)の後のオーレ(SWE)だった。ボルミオの大回転に勝って以来4年ぶりの2勝目である。「世界選手権のあと落ち込んでしまったけれど、やはり続けることが大事ね。でも今日はなぜかあまり感動はなかった」と語った。やはり世界選手権の失敗が尾を引いていたのである。
2003年、「モチベーションの欠如」を理由に引退を表明した。 |
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Biorama Basel |
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