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NEF Sonja (SUI) web site
1972年4月19日 Grub(SUI) 生まれ
身長 163cm 体重 60kg

SKI: Völkl
BOOTS: Tecnica
BINDING: Marker


※2006年 引退
serreChevalier00 GS Parkcity01 GS/1st
Serre Chevalier 2000 GS Park City 01. GS/ 1st
Sestriere01 GS/1st Stanton WM01 GS/1st
Sestriere 01.GS-II / 1st St.Anton WM 01, GS/ 1st
Soelden 02 GS/2nd Berchtesgaden 02 GS
Parkcity03 GS
Park City 03 GS Park City 04 SL/2nd

SonjaFace World Cup Ranking
General
1993/121st, 1994/106th, 1995/48th, 1996/15th, 1997/23rd, 1998/16th. 1999/15th,
2000/6th, 2001/4th, 2002/3rd, 2003/13th, 2004/29th, 2005/24th. 2006/82nd.
Special
1999 GS/4th, SL/21st, 2000 GS/2nd, SL/14th. 2001 GS/1st, SL/2nd,
2002 SL/4th, GS/1st, 2003 GS/5th, SL/14th. 2004 GS/16th, SL/19th.
2005 SL/14th, GS/17th. 2006 SL/38th, GS/38th.
World Championship

1997 Sestriere. GS/8th.
1999 Vail. SL/DNF, GS/11th.
2001 St.Anton. GS/ 1st.
2003 St.Moritz. GS/8th,
2005 Bormio/S.Caterina. GS/DNF, SL/DNF.
Olympic Games
1998 Nagano GS/DNF.
2002 Salt Lake City GS/3rd.
World Cup - 15 w. (13 GS, 2 SL)
1. SL: Sestriere 96, Are 01,
GS: Tignes 00, Are 00, Sestriere 00, Park City 01, Sestriere 01-II, Semmering 01,
Maribor 01, Cortina 01, Are 01, Val d'Isere 02, Maribor 02, Flachau 02, Bormio 03,
2. GS: Maribor 96Ⅱ, Are 98. Maribor 2000, Soelden 02, Val d'Isere 03,
SL: Semmering 01, Saalbach 02, Park City 04,
3. GS: Cortina 97, Are 99-II, Sestriere 01-II, Copper Mt. 02, Are 02,
SL: Ofterschwang 01, Sestriere 02, Maribor 02,
4. GS: Park City 98, Crans Montana 98, Sierra Nevada 99, Val d'Isere 2000, Lienz 2000,
Berchtesgaden 02,
SL: Aspen 01,
5. GS: Cortina 96, Val d'Isere 98, Bormio 98-II, Soelden 99, Are 99-I, Park City 03,
Santa Caterina 05,
SL: Are 02, Park City 03, Bormio 03, santa Caterina 06, Zagreb 05, 06,
6. GS: Narvik 96, Bormio 98-II, Soelden 03, Semmering 03,
SL: Semmering 97-I, Maribor 97, Aspen 03, Lienz 04,

 1999年10月30日、ティーニュ(FRA)で行なわれたアルペン・ワールドカップ1999/2000シーズン開幕戦の女子大回転で、1、2本ともベストタイムをマークしたソニャ・ネフがこの種目の初優勝をあげた。
 
 スイスチームは80年代から90年代前半にかけての栄光の日々が、まるで嘘だったかのようになりを潜めてからもうすでに4シーズンが経過した。とくに女子は95年のフレニ・シュナイダー以来、総合でも種目別でも誰一人としてクリスタルカップを手にしてはいない。個々のレースでも優勝経験があるのはすでに引退したハイディ・ツルブリッゲン、現役では高速系のコリーヌ・レイ・ベレ、技術系でソニャ・ネフとカリン・ローテンだけである。ところがローテンは未婚の母となるために今期はベビィ・ブレーク。新任監督のハンス・ピェーレンのいらいらはつのるばかりだった。そのいらいらと当日の悪天候を吹き飛ばしてくれたのが「ハーフ・ウィナー」と呼ばれていたソニャ・ネフだったのである。

 彼女が「ハーフ・ウィナー」と呼ばれるには訳がある。彼女の初優勝はワールドカップにデビューして3年目の96年、セストリエール(ITA)での回転だった。このシーズン、シエラ・ネバダ(SPA)で行なわれた世界選手権にノミネートされたネフは、ローテンとともに新生スイスを担うスターとして注目を浴びていた。女子大回転でネフは1本目にベストタイムをマークし、ローテンは2位に付けた。だが2本目最後に滑ったネフはスタートした直後に転倒して涙をのんだ。このレースで勝ったのは昨シーズン限りで引退したデボラ・コンパニオーニ(ITA)だったがローテンは銀メダルに終わった。以来ソニャ・ネフは3回に渡って同じパターンを繰り返したのである。
「これまでにチャンスを逃したことは身にしみていて、今日も1本目の後にナーバスになっていたことは確かです。でも懲りずに私はアタックしてしまう。いつもこうなんです。今日はそれがうまくいって勝つことが出来ました。本当に喜んでいます」とにこやかに語った。

 ソニャは慢性の関節炎で89年から98年までの間に7回も手術台の上に上った。それが今年は無かった。「だからといって調子が良かったわけではなくトレーニングでは何回も仲間にタイムで後れをとっていました」。彼女の成功の秘訣はフィジカル・トレーナーとしてパートナーとなったハンス・フレッチャーの存在が大きい。彼女が春の間に雇ったこの心のトレーナーはオーストリア人である。彼のアドバイスによってネフは、より能率的な方法で集中力を高めることを学んだ。「私は、大回転でトップ5の力があると確信している。私はこの冬それを証明したい。私は今日その可能性を示すことができた。そして、私は今まで以上にはるかにより多くを狙うことが出来ると自信を持った。今日の成功は私にとって大きな意味を持っている」。

 新任監督のハンス・ピェーレンは「大きな期待をしてそれが外れて失笑をくうよりも控えめにしておいた方がよい、自分が現役の時はいつもそうしていた」と控えめな男だが、「今日の喜びは2倍以上の価値がある」と喜んだ。

2000/01シーズン、ソニャは爆発した。このシーズン8戦あった大回転で6勝を上げた。開幕初戦のソールデン(AUT)こそ15位だったがセストリエール(ITA)第1戦の3位以外はすべて1位である。とくに後半のぶっちぎりの5連勝は素晴らしいものだった。さらにサン・アントン(AUT)で行なわれた世界選手権の大回転でも金メダルを獲得した。

 しかし2002シーズンは前シーズンのような爆発力は影を潜め、ソルトレーク・シティ・オリンピックでは大回転で銅メダルをゲットしたがスイス国民を失望させた。だが最終戦の大回転で勝ち2年連続の種目別のタイトルを獲得した。

 ソニャ・ネフ(33歳)。スイスを代表する技術系のスペシャリストは2006シーズンを最後に引退した。1993年21歳でワールドカップにデビュー。初優勝はデビューして3年目の1996年、セストリエール(ITA)での回転だった。以来13年間のワールドカップ生活で15勝(大回転・13、回転・2)を挙げた。'01シーズンにソニャは爆発した。このシーズン8戦あった大回転で6勝を挙げた。開幕初戦のソールデン(AUT)こそ15位だったがセストリエール(ITA)第1戦の3位以外はすべて1位である。とくに後半のぶっちぎりの5連勝は素晴らしいものだった。さらにこの年サン・アントン(AUT)で行なわれた世界選手権の大回転でも金メダルを獲得した。'01、'02シーズンと2年連続で種目別大回転のタイトルを獲得した。ここまでが華だった。今季始め、チーム内のごたごたから引退を勧告されたがオリンピック出場のためにチームに残留、だが成績が出ず、おまけにインフルエンザでダウン。オリンピック出場を断念し、そのまま引退を決意した。ソルトレーク・オリンピックでは大回転で銅メダルを獲得している。

Biorama Basel