VIDAL Jean-Pierre (FRA)
1977年2月24日 Saint Jean Maurienne生まれ
身長 175cm 体重 80kg

Club: EMHM Le Toussuire/Savoie

SKI: Dynastar
BOOTS: Lange
BINDING: Look


※2006年 引退
Madonna01 SL KranjskaGora02 SL/1st
Madonna 01 SL/4th Kraniska Gora 02 SL/ 1st
SLC OWG02 SL/1st
2002ソルトレーク・オリンピック、スラロームで金メダルを獲得したヴィダル

vidalFace World Cup Ranking
General
2002/13th, 2003/37th, 2004/63rd, 2005/48th, 2006/33rd.
Special
2002 SL/3rd, 2003 SL/10th, GS/32nd. 2004 SL/26th. 2005 SL/13th. 2006 SL/10th.
World Championships
2003 St.Moritz GS/DNF, SL/DNF.
2005 Bormio. SL/DNF.
Olympic Games
2002 Salt Lake City SL/1st
World Cup - 2 w. (2 SL)
1. SL: Kraniska Gora 02, Kitzbuhel 06,
2. SL: Schladming 02,
3. SL: Aspen 02-II, Flachau 02, Kranjska Gora 03,
4. SL: Madonna 02, Adelboden 06,
5. SL: Wengen 02, Sestriere 03-KO, Chamonix 04, Schladming 05, Madonna 06,
6. SL: Park City 03, Wenge 03,
7. SL: Lenzerheide 05,
8. SL: Kitzbuhwl 02,
9. SL: Aspen 02-I, Wengen 06, Kranjska Gora 06,

 2001年12月22日、クラニスカ・ゴラ(SLO)で行なわれた男子回転第4戦で第2シード17番スタートのジャン・ピエール・ヴィダルが初優勝を挙げた。ヴィダルは2本目2番手のタイムで1本目の4位からの逆転優勝。このシーズン、アスペン(USA)の第2戦で3位、マドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)で4位と赤丸急上昇中のフランスのニューカマー。'77年生まれの24歳。姉のヴァネッサは一足早くナショナルチーム入りをしたがジャン・ピエールはまだBチーム。だが姉より早くワールドカップ初優勝を挙げた。70年代の名スラローマー、ジャン・ノエル・オージェの甥である。
 レジーヌ・カバニューが非業の最期を遂げてからフランスチームの意気は高い。

 ソルトレークオリンピック、アルペン最終種目の男子スラロームを制したのは、ワールドカップ1勝(今季クラニスカ・ゴラ回転)のみのジャン・ピエール・ヴィダル(FRA)だった。ヴィダルは1本目ラップを奪い、2本目、最後に慎重に滑り8番目のタイムながらも1本目の貯金で勝利をもぎ取った。フランスに金メダルをもたらしたヴィダルの快挙は1968年、グルノーブル(FRA)オリンピックのジャン・クロード・キリー以来34年ぶりの出来事だ。

 「1本目のラップはリズムを掴んだこと、難しいところを上手く処理できたことが原因。2本目、セバスチャン(アミエ)との差は2秒近くあったものの荒れたコースは必死だった。自分はゲガばかりしてその都度ゼロからやりなおしという繰り返しだったが、これで報われたという感じだ」と勝利者インタビューで語った。

 ジャン・ピエール・ヴィダル(29歳)。2002年、ソルトレーク・オリンピックの回転でダークホースながら金メダルを獲得、1968年・グルノーブル五輪のジャン・クロード・キリー以来34年ぶりにスラロームの金メダルをフランスにもたらした。それ以後忘れられていた感の強かったヴィダルだったが、今季(2006年)キッツビューエルのスラロームで4年ぶりに優勝しその存在をアッピールした。勇んで乗り込んだトリノ・オリンピックだったが、スラロームの本番前日にトレーニング中に腕を骨折、そのまま引退した。ワールドカップは2勝。

Biorama Basel