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| SASAKI Akira (JPN) 佐々木明(グローバル・エクステンドスキークラブ) |
1981年9月26日 北海道大野町(現・北斗市)生まれ
身長 181cm 体重 77kg
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SKI: Salomon→Blizzard
BOOTS: Salomon→Tecnica
BINDING: Salomon→Marker
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| Wengen 03 SL/ 2nd |
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| St.Anton WM SL/19th |
Salt Lake OWG2002 SL |
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| Sestriere 03 SL |
Wengen 03 SL/ 2nd-winStar |
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| Schladming 03 SL/ 8th |
Shiga Kogen 03 SL/ 6th. |
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| Park City 04 SL/12th |
Chamonix 04 SL/9th |
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| Kranjska Gora 04 SL/4th |
Sestriere 04 SL/5th |
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| Soelden 05 GS/24th |
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| Schladming 06 SL / 2nd |
Shigakogen 06-I SL / 2nd |
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| Schladming 06 SL, Podium |
Shigakogen 06-I, Podium |
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World Cup Ranking
General
2001/-, 2002/-, 2003/48th, 2004/38th, 2005/49th, 2006/25th, 2007/72nd,
Special
2001 SL/-. 2002 SL/-. 2003 SL/15th. 2004 SL/11th. 2005 SL/14th, GS/55th.
2006 SL/7th. 2007 SL/23rd,
World Championships
2001 St.Anton. SL/19th.
2003 St.Moritz. SG/38th, K/DNF, GS/DNF, SL/DNF.
2005 Bormio. SL/DNF.
2007 Are. GS/28th, SL/DNF, SC/36th, DH/30th, SG/54th.
Olympic Games
2002 Salt lake City. GS/34th, SL/DNF.
2006 Torino. SL/DNF, GS/DNF.
World Cup
| 2. |
SL: |
Wengen 03, Schladming 06, Shigakogen 06-I, |
| 4. |
SL: |
Kranjska Gora 04, Beaver Creek 06, |
| 5. |
SL: |
Sestriere 04, Sestriere 05, |
| 6. |
SL: |
Shigakogen 03, 06-II, |
| 7. |
SL: |
Adelboden 04, Alta Badia 07, Kranjska Gora 07, |
| 8. |
SL: |
Schladming 03, |
| 9. |
SL: |
Chamonix 04, Wengen 05, Are 06, |
| 10. |
SL: |
Flachau 05, |
| 12. |
SL: |
Park City 04, Beaver Creek 05, Lenzerheide 05, |
| 13. |
SL: |
St.Anton 04, |
| 14. |
SL: |
Madonna 06, Kranjska Gora 06, Kitzbuhel 06, Adelboden 07, |
| 17. |
SL: |
Yong Pyong 03, Schladming 04, |
| 23. |
SL: |
Schladming 05, |
| 24. |
GS: |
Soelden 05, |
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2003年1月19日、ウェンゲン(SUI)で行なわれたワールドカップ回転第5戦で、1本目65番スタートから7位に付け、2本目はベストタイムをマークして2位に入賞した。このレースで勝ったのはジョルジオ・ロッカ(ITA)だったがタイム差は100分の4秒だった。なんと言ってもワールドカップで2本完走したのはこれが初めてだったし、それまでの成績を考えると表彰台は夢のまた夢と思われてもしようがなかった。だが突然のこの快挙に誰もが面くらい、驚き、そして賞賛の嵐は怒濤のように蔓延した。
2位という成績は'88年のオプダル(NOR)に於ける岡部哲也以来15年ぶりの2回目、そして2人目の成績なのだった。
佐々木明は一気に上り詰めた。この快挙を予想したのはヘッドコーチの児玉修だけだった。彼にしたところで、このシーズンの開幕初戦のパーク・シティ(USA)では、「緩斜面は素晴らしい、だが急斜面はまだまだ」と評していたのだ。それがこんなにも早く上り詰めるとは。佐々木明への賞賛はコーチの児玉修にも向けられるべきである。
1月28日シュラドミング(AUT)
27番でスタートした佐々木明がトップのカレ・パランダー(FIN)に2.76秒遅れの15位に付けた。パランダーと2位のライナー・シェンフェルダー(AUT)とのタイム差は0.95秒、3位のジョルジオ・ロッカ(ITA)とは1.05秒と最近のスラロームには珍しい差がついた。パランダーを別格として度外視すると1.8秒差と考えた方が良いだろう(ちょっとムリがあるかな)。十分に表彰台を狙える位置にいる。昨日の雨でコースが緩んだせいか、佐々木が来る頃にはコースはかなり荒れていた。第2シード以下のタイムが延びない中、佐々木のスタートがコールされると一段と歓声のボリュームが上がった。果敢に攻める佐々木の姿にさらにボリュームが上がり、15位でゴールすると、興奮のるつぼと化した。若い力のあるレーサーを称える観衆の態度には、伝統あるオーストリアのスキーファンの温かみを感じる。
佐々木明は1本目の15位から2本目5位のタイムで8位にランクアップした。ゴールすれば上位に食い込む実力が証明された。現在ワールドカップ、スラローム・ランキングは15位。WCSLランキングは23位。世界選手権の結果次第で第1シード入りも夢ではない。そして最終戦出場の権利(25位以内)も獲得するだろう。
2003年2月、サン・モリッツ(SUI)で開催された世界選手権。佐々木明は滑降以外の全ての種目に出場。記録が残っているのはスーパーGでの34位のみで後は全て途中棄権に終わった。だが果敢に攻め続ける佐々木の姿は多くの観客の共感を呼んだ。
2003年3月8日、志賀高原で行なわれたスラロームで今季4回目となる一桁入賞、6位をゲットした。2本目は2位のタイムを記録した。日本人ではただ一人のこのシーズンの最終戦に出場。リルハンメルで行なわれた最終戦では9番スタートで1本目7位に付けるも2本目途中棄権。最終結果はSLランキング15位、WCSLランキング17位。
2004シーズンは、日本のスキーファンの誰もが佐々木明の活躍を期待したシーズンだった。初戦のパーク・シティで12位に入り、まずまずのスタートと思った矢先、ヨーロッパに戻った途端に怪我をして仕切り直し。12月のレースはリハビリのために休み、復帰した1月、シャモニーで9位、続くウェンゲン、キッツビューエルは1本目で途中棄権。がむしゃらなフルアタックをやめたシュラドミング(AUT)のナイトスラロームで17位、続くアーデルボーデン7位、サン・アントン13位、クラニスカ・ゴラは今季ベストリザルトの4位、最終戦・セストリエールは5位、WCSLスラローム・ランキングは11位と、第1シードを確保してシーズンを終えた。「フルアタックしたのはパーク・シティとセストリエールの2本目だけだった」と語る佐々木だが、フルアタックと猪突猛進は同義語ではない。ボーディ・ミラーがシーズン途中でテクニックの再検討をしてフォームを取り戻したように、佐々木もシーズン途中からアタックの仕方を変えた。タクティクスの問題だろうが、がむしゃらに突っ込むだけがレースではない。佐々木のこうした気持ちの切り替えが功を奏した。過去日本人の誰もが経験したことのない世界に佐々木は今入り込もうとしている。滑降は体で滑り、スラロームは頭で滑る。
「自分としては予定通りのシーズンでした。序盤に怪我をしてしまったのは予定外だったのですが、怪我をした時点でやらなければならないことが明確になった。怪我を直して結果を残すこと。今までの日本人は怪我をしてから結果を残せなかったが、自分は今までの人達と違うんだぞというモチベーションでワールドカップに復帰し、第1シードに戻ることを目指して来ました。やるべき自分の仕事はこなしたと思っています」。
2004年10月24日、ソールデン(AUT)で行なわれた開幕戦の大回転で、自己初となる大回転のポイントを獲得した。69番でスタートした佐々木は1本目トップのボーディ・ミラー(USA)に2秒87遅れの29位のタイムをマーク。コースは異常に堅かったがさすがに69番となるとかなり荒れていた。コース整備員が荒れた部分を削り取り、かなり深い溝が出来ていた。2本目は10位のタイムでトータル24位にランクアップした。
2本目の前、「易しいコースだけど、もっとスーパーGの練習をしとくんだった」と言っていたが、それよりも1本目が終わってから2本目までの時間が少なさ過ぎた。トップの連中は1時間以上も前に滑り終えている。2本目は2番目のスタートだったから「滑った跡が全くないので焦った」とも述べていた。2本目は30人全員がゴールしての24位だから価値がある。
2006年1月24日、シュラドミング」(AUT)で開催されたナイター・スラロームで自己タイとなる2位に入賞した。'03年のウェンゲン以来となる2度目の表彰台である。1本目は4位に皆川賢太郎(アルビレックス新潟)、5位に佐々木明と日本のエース二人が絶好の位置に着けた。2本目、26番でスタートした佐々木はゴールした時点でトップ。1本目トップのカレ・パランダー(FIN)が来るまでトップをキープ。だが初優勝の夢はパランダーに打ち砕かれた。
2006年3月10日、志賀高原の焼額山のオリンピックコースで行なわれたワールドカップ・スラローム第8戦で、佐々木は3度目となる2位表彰台をゲットした。
「大勢の観客の前で、声援に後押しして貰って2位をゲットすることが出来た。イケイケ、ゴーゴーの気持ちでレースをした。やはり表彰台に立たないことには何の意味もない。オリンピックで失敗したことは全然後を引いてはいない。次は日本だと気持ちを切り替えて、前向きに自信を持って戦うことを心がけ、今日の成績に結びついた。観客の皆さんにありがとうと言いたい」と、佐々木は記者会見で語った。
2007年4月、女子レスリング元世界王者の山本美憂さんと結婚した佐々木は同年7月、デビュー以来サポートを受けてきたサロモンと袂を分かち、スキーはブリザード、ブーツはテクニカ、ビンディングはマーカーと用具のチェンジを行ない、新たな気持ちで新しいシーズンのスタートを切った。
が、ゴールしたのは3回だけ。アルタ・バディア(ITA)とクラニスカ・ゴラ(SLO)で7位、アーデルボーデン(SUI)で14位というのが2007シーズンの成績である。WCSLも落ちてシーズン終了時で25位。来季の巻き返しが急務である。
2007年4月4日、長野県野沢温泉で行なわれた全日本選手権のスラロームで、全日本選手権初優勝を飾った。 |
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