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| RUSSI Bernhard (SUI) |
1948年8月20日 Andelmatt(SUI)生まれ
身長 183cm 体重 73kg
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SKI: Rossignol→Kneissl
BOOTS: Lange
BINDING: Salomon
※1978年引退
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| Wengen 67 DH |
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World Cup Ranking
General
1970/14th, 1971/5th, 1972/5th, 1973/6th, 1974/17th, 1975/11th, 1976/8th,
1977/5th, 1978/28th.
Special
1971 DH/1st, 1972 DH/1st, 1973 DH/2nd, 1976 DH/3rd, 1977 DH/3rd.
World Championships
1970 Val Gardena DH/1st
1974 St.Moritz DH/13th.
1978 Garmisch DH/14th
Olympic Games
1972 Sapporo DH/1st
1976 Innsbruck DH/2nd
World Cup - 10 w. (9 DH, 1 GS)
| 1. |
DH: |
Val Gardena 70(WM), Megeve 71, Sugarloaf 71, St.Moritz 71,
Crystal Mtn.72, Val Gardena 72, Gringelwald 73, St.Anton 73,
Morzin 77. |
| GS: |
Mt.Ste.Anne 71 |
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1972年・札幌オリンピックの滑降でルッシは金ダルを獲得した。ルッシの戦いの相手は同僚のコロンバンとクラマーだったがルッシはクラマーにとっては大部屋の端役にしか見られなかった。76年のインスブルック(AUT)オリンピックの対決は、カイザー(クラマー)対完全主義者(ルッシ)によって行なわれ、ハッピーエンドは地元オーストリアの観衆のものになり、ルッシは0.33秒の遅れで2位に甘んじた。
ルッシは完全主義者である。カーブにおける狭い半径を探した。そしてレースの分析家でもあるルッシは、彼の完全主義そのものが彼にとっての「病原」であることを知った。そのために自信困惑を来していることを見いだした。常に技術、技術、ライン、ラインとやり抜くことはもうない。比較することの不可能な滑り、速度の感覚、それはいつも体に感じとっていたことだ。さらにどれだけスキーに圧迫を加えなければならないか−−。それらを確実に行なって来たことさえすでに忘れかけていたが1977年1月30日、アボリアで1457日間の悪夢のような勝利のない時間は終わった。ワールドカップ滑降全9勝の最後の勝利を手中にしたルッシはこのシーズンを最後にワールドカップから引退した。
現在ルッシはFISのアルペン委員会のメンバーとして滑降コースの設計に携わっている。87年クラン・モンタナ世界選手権、88年カルガリーオリンピック、89年ベイル世界選手権、92年アルベールビルオリンピック、93年盛岡/雫石世界選手権、94年リルハンメルオリンピックの各滑降コースはルッシが設計した。95年シエラ・ネバダ、97年セストリエールの世界選手権の滑降コースもルッシの設計になる。そして98年長野オリンピックの滑降コースもルッシが設計した。 |
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