SKI&SKI Top

RAICH Benjamin (AUT)

1978年月2日28 Arzl(AUT)生まれ
身長 181cm 体重 75kg

SKI: Atomic
BOOTS: Atomic
BINDING: Atomic

Schladming99 SL/1st Wengen00 SL/1st
Schladming 99 Night SL/1st Wengen 00 SL / 1st
SaltLake OWG KSL SaltLake OWG02 Comb/Podio
Salt Lake 2002 K/ 3rd-SL Salt Lake 2002 K/ 3rd(1st.Aamodt/2nd.Miller)
Wengen 04, SL/ 1st Schladming 04, SL/ 1st
Beaver Creek 05 SL / 1st
Wengen 05 Super Combined / 1st
Bormio WM05 Combined / 1st - Downhill Bormio WM05 Combined / 1st - Slalom
Torino OWG06 SL / 1st
Torino OWG GS / 1st


Torino OWG 06 GS & SL Gold

World Cup 06 Overall & GS, champ
World Cup Rankinng
General

1998/96th, 1999/10th, 2000/9th, 2001/4th,2002/9th, 2003/8th, 2004/3rd,
2005/2nd, 2006/1st, 2007/2nd.
Special
1999 SL/7th, GS/6th. 2000 GS/4th, SL/6th.
2001 SL/1st. 2002 SL/15th, GS/2nd.
2003/SL/6th, GS/8th.
2004 SL/3rd, GS/4th, SG/8th, K/2nd.
2005 SL/1st, GS/1st, SG/6th, DH/26th.
2006 DH/28th, SL/3rd, GS/1st, SG/15th.
2007 SL/1st, GS/3rd, SG/13th, DH/32nd, SC/5th
World Championships
1999 Vail SL/5th.
2001 St.Anton SL/2nd,
2003 St.Moritz SL/4th, GS/9th.
2005 Bormio. K/1st,SL/1st, GS/2nd, SG/3rd.
2007 Are. SC/2nd, SL/4th, GS/DNF.
Olympic Games
2002 Salt Lake City K/3rd, GS/4th, SL/3rd.
2006 Torino. GS/1st, SL/1st, SG/21st, K/DNF(SL-2).
World Cup - 29 w. ( 5 K, 13 SL, 11 GS)

1. SL: Schladming 99, Wengen 99, 01, Kitzbuhel 01, Schladming 01, Are 01,
Wengen 04, Schladming 04, Beaver Creek 05, Shigakogen 06-I, Lavi 07,
Schladming 07, Lenzerheide 07,
GS: Flachau 99, Yong Pyong 00, Bormio 00, Kranjska Gora 02-II, Flachau 04,
Kranjska Gora 05, 06, Adelboden 06, Are 06, Adelboden 07, Kranjska Gora 07,
K: Wengen 05, 06(SC), Kitzbuhel 06, Chamonix 06(SC), Kvitfjell 07(SC),
2. SG: Lake Louise 06,
SL: Modonna 00, Kranjska Gora 00, Bormio 00, Flachau 02, Schladming 03,
Chamonix 05, Schladming 05, Madonna 06,
GS: Les Arcs 01, Kranjskan Gora 02-I, Flachau 02, Park City 03, Lillehammer 03,
Alta Badia 05,
K: Chamonox 04, Kitzbuhel 04,
3. SG: Val Gardena 05,
SL: Kranjska Gora 99, Kitzbuhel 00, Park City 03, Yong Pyong 03, Madonna 04,
Wengen 05, Kranjska Gora 05, Adelboden 06, Kitzbuhel 06, Schladming 06,
GS: Adelboden 99, Saalbach 00, Shigakogen 01, Are 01, Alta Badia 02,
Park City 03, Adelboden 04, Beaver Creek 05, Lenzerheide 05,
4. SG: Lake Louise 04, Kvitfjell 04, Sestriere 04, Kvitfjell 05,
GS: Kranjska Gora 99, Alta Badia 02, Kranjska Gora 03, Alta Badia 04, Flachau 05,
Adelboden 05, Soelden 06, Yongpyong 06-II,
SL: Madonna 04, Flachau 04, Sestriere 05, Lenzerheide 05, Shigakogen 06-II,
5. GS: Tignes 00, Todtnau 00, Adelboden 02, Soelden 04, Alta Badia 04-II,
Yongpyong 06-I,
SL: Madonna 01, Kitzbuhel 03,
K: Val d'Isere 06(SC),
6. SG: Lake Louise 05,
GS: Ofterschwang 99,
SL: Shigakogen 01, Madonna 02, Flachau 02, Kranjska Gora 03, Bormio 03,
Kitzbuhel 04, Flachau 05,

 ベンジャミン・ライヒは1999年1月7日、シュラドミング(AUT)のナイト・スラロームで、2万5千人の大観衆の見守る中で衝撃的なワールドカップ初優勝を飾った。1本目23位から2本目驚異的なごぼう抜きを演じて初勝利を飾ったのである。25年前の1974年12月、天才インゲマル・ステンマルク(SWE)がマドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)で1本目22位から逆転劇を演じて初優勝を飾って以来のこれは新記録である。
 その3日後、今度はヘルマン・マイヤーの故郷、フラッハウ(AUT)で行なわれた大回転でも23番スタートから1本目ベストタイムを奪い、2本目そのまま逃げ切って大回転初優勝を飾り、さらに1週間後、ウェンゲン(SUI)で行なわれたクラシックレース、ラウバーホルン大会の回転でも優勝した。

 この怒濤のワールドカップ・デビューを飾ったベンジャミン・ライヒは、オーストリア・チロル州、ピッツの谷にあるアルツルで、1978年2月28日、家具職人の息子として生まれた。子供の頃からスポーツに異常な才能を示したが、とくにスキーに将来の成功を予感した父親は家具作りをなげうって”ベニー”の英才教育に取り組んだ。1996年のジュニア世界選手権では回転で金メダル、1997年ジュニア世界選手権では大回転で金メダル、1998年ジュニア世界選手権では回転、大回転、コンビで金メダルとジュニア時代に5個の金メダルを獲得し、さらに昨1998シーズンのヨーロッパカップでは回転と大回転の総合チャンピオンになって今季ワールドカップに登場してきた。1999季開幕戦、デビュー戦のソールデン(AUT)の大回転で8位、クラニスカ・ゴラ(SLO)の大回転4位、回転で3位に入賞し、その翌日シュラドミングで初優勝を飾ったのである。
 カリスマ性で人気を独占してきたアルベルト・トンバ(ITA)引退後、ワールドカップは一体どうなるのだろうかという心配をよそに、“ハーミネーター”ヘルマン・マイヤー(AUT)がピステを沸かし、ベンジャミン・ライヒの登場が、ゴールサイドにファンを呼び戻した。ワールドカップはどの会場も観客動員数の記録を更新した。キッツビューエル(AUT)滑降、6万人。シュラドミング回転、2万5千人、フラッハウ大回転、3万人。大雑把ではあるがこれだけ集まれば入場料収入だけで十分元は取れる。
 ウェンゲン以降のライヒはぱっとしなかった。地元キッツビューエルでは1本目にコースアウト。期待されたヴェイル(USA)世界選手権では、回転、大回転ともにコースアウト。世界選手権後のオフターシュワング(GER)のスラロームでは、1本目ベストタイムを奪いながらも2本目にコースアウトし、21歳の誕生日を勝利で飾れなかった。最終戦シエラ・ネバダでも全種目に出場したが肝心のスラロームでは1本目でコースアウトと、花がしぼんでしまった感じである。だがこれは若さから来るプレッシャーであろう。むしろ来季に大きな期待を持った方がよい。ベンジャミン・ライヒ・21歳。フリー・ロック・クライミング、マウンテンバイク、テニスとアウトドアー・スポーツに万能のライヒは15歳のとき、バンジージャンプで95メートルを飛んでいる。やはりただ者ではない。

 1999/2000シーズンは回転、大回転ともに度々1本目にベストタイムをマークしながら2本目に失敗して敗退というパターンが続いたが、ヨン・ピョンとボルミオのGSで勝利を上げ、この種目総合4位まで上昇した。あるいは2年目のジンクスというやつか。

 2004シーズン、ベンジャミン・ライヒは総合・3位、スラローム・3位、大回転・4位、スーパーG・8位、さらに滑降・35位、コンビ2位と、全種目に出場して全種目で得点を上げた数少ないレーサーのひとりである。ライヒはフラッハウ(AUT)の大回転で今季初優勝を上げ、ウェンゲンのスラローム、シュラドミングのスラロームで勝った。さらにウェンゲンとキッツビューエルのコンビでどちらも2位に入ったことが総合3位に大きく貢献した。昨シーズンは1勝も上げることが出来なかったのだから、今季のライヒは大躍進を遂げたと言えるだろう。とくに5年前に初優勝を上げたシュラドミングで勝ったことが人気の再燃に火を付けた。低迷気味だった“ベニィ”の人気回復にはもってこいの会場だったのである。このシュラドミングはオーストリアのエゴイズムがもろに出たレースとしても特筆に値する。激しい雪降りの中で行なわれたこのレース、1本目にベストタイムをマークしたのはボーディ・ミラーだった。2位にイヴィツァ・コステリッチ(CRO)、3位にライヒが付けた。2本目、ライヒはベストタイムでトップに立ち後続のイヴィツァとボーディを待つ。ここでアクシデントが起きた。イヴィツァが転倒してその搬出に異常に時間がかかってしまったのである。最後に滑るボーディは15分以上も待たされた。この間コース整備はほとんど行なわれず、激しい雪降りのためにコース状況は悪化した。結局ボーディは4位に後退し、ライヒの優勝が確定した。ボーディは「いや、俺がのろかっただけさ」とだけ言った。アメリカチームは抗議したがもちろん取り上げられるわけがない。
 2005シーズンはワールドカップ総合2位、さらに大回転、回転と技術系の2冠を制した。今季、大回転8戦、回転9戦、滑降7戦、スーパーG7戦、コンビ1戦に出場し、すべてで得点を上げ、出場したレースでは途中棄権が1回もないという結果を残した。出場しなかったのは滑降4戦だけである。タレントの多いオーストリア内での滑降のランキングは9番手だが、来季総合優勝を狙うには滑降にも積極的に参加してくるだろう。
 今季8戦あった大回転ではボーディ・ミラーが2勝、トーマス・グランディ(CAN)が2勝、ラッセ・シュース(NOR)、マッシミリアーノ・ブラルドーネ(ITA)、ベンジャミン・ライヒ、ステファン・ゴエルグルらがそれぞれ1勝ずつ。1勝しか挙げていないライヒが総合タイトルを取ったのは他に2位1回、3位2回のほか全レースで上位入賞を果たした結果である。この種目の2位になったボーディ・ミラーとのポイント差はたったの3ポイントだった。
 回転は全部で9戦。これも第1戦のビーバー・クリークで1勝を挙げたのみのベンジャミン・ライヒが種目別の総合タイトルを獲得した。2位2回、3位2回のほか大回転と同じく全レースで上位入賞を果たした。2位には1勝も挙げることの出来なかったライナー・シェンフェルダー(AUT)が入り、3位には2勝を挙げたマンフレッド・プランガー(AUT)が入った。プランガーはキッツビューエルで念願の初優勝、続くシュラドミング(AUT)のナイタースラロームで2勝目を挙げハーフウィナーの汚名を返上した。シュラドミングは27歳の誕生日の勝利だった。フラッハウとクラニスカ・ゴラ(SLO)で2勝を挙げたジョルジオ・ロッカ(ITA)が4位、シャモニーで32歳にして初優勝を挙げたアロイス・フォグル(GER)が5位、最終戦のレンツェルハイドで4年ぶりの勝利を挙げたマリオ・マット(AUT)が6位と、ベテラン勢の健闘が目立った2005シーズンのスラローム・シーンだった。

 2006シーズン、ベンジャミン・ライヒが総合優勝を確定したのは3月11日、志賀高原だった。前日の3月10日、志賀高原で今季ワールドカップ・スラロームの初優勝を挙げて総合優勝に王手を掛け、11日は4位だったがアクセル・ルンド・スビンダル(NOR)を突き放して初の総合タイトルを獲得した。

 今季のライヒは大回転で3勝(クラニスカ・ゴラ、アーデルボーデン、オーレ)、コンビで3勝(ウェンゲンのスーパーコンビ、キッツビューエル、シャモニーのスーパーコンビ)、スラロームで1勝(志賀高原)、計7勝を挙げ、総合の他に種目別の大回転でもタイトルを獲得した。コンビを含む全5種目にエントリーし、全レースに出場して獲得したタイトルである。トリノ・オリンピックでも大回転とスラロームで金メダルを獲得した。ワールドカップ参戦9シーズン目にピークを迎えた“ベニィ”である。
 「総合優勝が今シーズンの大きな目標だったので、それを達成出来たことは嬉しい。今シーズンは年間を通して安定していた。安定した力を出せるようにシーズン前から準備をしてきたのでそれが実を結んだ。周りのスタッフや家族の協力のたまものだ」と、語った。