SKI&SKI Top
RAHLVES Daron (USA)
1973年6月12日 Walnut Creek,CA. 生まれ.
Hometown: Sugar Bowl, CA
身長 175cm 体重 80kg

SKI: Atomic
BOOTS: Atomic
BINDING: Atomic


※2006年 引退

Groden00 DH Kvitfjell00 DH
Val Gardena 2000 Kvitfjell 2000 DH/1st
LakeLouise01 SG Stanton WM01 SG/1st
Lake Louise 01, SG St.Anton WM 01, SG/ 1st
Kitzbuhel03 DH/1st Kvitfjell03 DH/3rd
Kitzbuhel 03 DH/ 1st Kvitfjell 03 DH/3rd
Kitzbuhel 04 Super-G / 1st
Sestriere 04 Final DH/ 1st
Bormio WM05 Downhill / 2nd
Bormio WM05 Giant Slalom / 3rd

Stanton WM01 SG/1st World Cup Ranking
General

1995/59th, 1996/58th, 1997/47th, 1998/57th, 1999/53rd, 2000/20th,
2001/29th, 2002/34th, 2003/6th, 2004/5th, 2005/5th, 2006/4th.
Special
1999 SG/19th, DH/32nd, 2000 DH/10th, SG/10th,
2001 DH/15th, SG/17th, GS/38th, 2002 DH/19th, SG/12th, GS/45th,
2003 DH/2nd. 2004 DH/2nd, SG/2nd. 2005 DH/4th, GS/12th, SG/3rd.
2006 DH/3rd, GS/11th, SG/3rd.
World Championshipa
1996 Sierra Nevada. SG/22nd.
1997 Sestriere. DH/31st.
1999 Vail. SG/13th, DH/DNF.
2001 St.Anton. SG/1st, DH/5th.
2003 St.Moritz. SG/22nd, DH/DNF.
2005 Bormio. DH/2nd, GS/3rd, SG/10th.
Olympic Games
1998 Nagano. SG/8th, GS/20th.
2002 Salt Lake City. DH/16th, SG/8th.
2006 Torino. DH/10th, SG/9th,
World Cup - 12 w. (9 DH, 3 SG)

1. DH: Kvitfjell 00-I+II, Bormio 03-I, Kitzbuhel 03, Beaver Creek 04-I,
Sestriere 04, Beaver Creek 06, Bormio 06, Wengen 06,
SG: Kitzbuhel 04, Kvitfjel 04, Lenzerheide 05,
2. DH: Beaver Creek 05,
SG: Kitzbuhel 05, Are 06,
GS: Beaver Creek 06,
3. DH: Kitzbuhel 01, Beaver Creek 03, Bormio 03-II, Kvitfjell 03,
Kitzbuhel 04-I, 06,
SG: Kvitfjell 05, lake Louise 06,
4. DH: Beaver Creek 04-II, Lake Louise 05,
SG: Kvitfjell 95, Kitzbuhel 01, 02, Val Gardena 04,
GS: Alta Badia 06,
5. DH: Lake Louise 05, Chamonix 05, Garmisch 05-I+II, Kvitfjell 05,
SG: Valloire 96, Kvitfjell 00, Lake Louise 05, Beaver Creek 06,
GS: Flachau 05, Kranjska Gora 05,
6. DH: Bormio 02, 05, Lenzerheide 05,
SG: Valloire 96, Vail 97, Bormio 00, 02-I, Garmisch 05, Kitzbuhel 06,
GS: Are 06.
7. DH: Val Gardena 04, Val d'Isere 05, Are 06,
SG: Kvitfjell 97, Garmisch 98,
8. SG: Garmisch 97-I , Lake Louise 00,
GS: Alta Badia 05,
9. DH: Bormio 00, Kvitfjell 01, Wengen 02,
SG: Garmisch 02-I,
10. SG: Schladming 98-II, Kvitfjell 98, Kitzbuhel 00, Bormio 00, Lake Louise 04,

 2000年3月3日、リルハンマー五輪の滑降コースで、サン・モリッツ(SUI)の代替え戦滑降が行なわれた。朝から激しい雪が降りしきる中、開始時間を遅らせスタートを200m下げて開催された。3月1日に行なわれた最初のトレーニングランでベストタイムをマークしていたダロン・ラールブスがワールドカップ初優勝を飾った。今季15人目の初優勝である。これはアメリカの男子では同じコースで'95年にカイル・ラスムッセンが勝って以来5年ぶりの勝利でもあった。

 ラールブスのこれまでの最高成績は'95年、同じコースでのスーパーGで5位。今季はレーク・ルイーズ(CAN)のスーパーGで8位が最高だった。どちらかといえばスーパーGを得意としているが今回滑降にも才能のあることを示した。1973年生まれ、26歳。

 初優勝の翌日、3月4日に行なわれた滑降第2戦にも勝ち、オリンピックコースで2連勝を飾った。天気は良かったが風が強く、この日もスタートを下げて行なわれた。
 「昨日は夜中に電話をかけまくった。家族、友人らにだ。僕の賞金は電話に消えちゃったんじゃないかな。だから2時間しか寝ていない。この勝利は2002年のソルトレーク・オリンピックへの良い励みになった」と語った。

 2001年1月30日、サン・アントン(AUT)の世界選手権、大会2日目に行なわれた男子スーパーGはオーストリア国民の期待を見事に裏切って、アメリカのダロン・ラールブスが金メダルを獲得した。

 ゼッケン5番、ディフェンディング・チャンピオンのヘルマン・マイヤーはゴールしても首を振りトップにもかかわらず喜びを表現しようとはしなかった。自分の失敗に気づいていたからである。ゼッケン6番のステファン・エバハルターがヘルマンを0秒15上回ってゴールしたとき、'91年のザールバッハ世界選手権以来10年ぶりの金メダルはまず確定したかに思われた。だが11番目に滑ったラールブスがさらに100分の8秒ステファンを置いてきぼりにしてゴールしたとき事態は一変した。観客の落胆の声はさざ波のように広がり、エバハルターの顔は苦渋にゆがんだ。ラールブスの勝利の雄叫びがゴールに響き、やがて勝利をたたえる歓声が観覧席を満たした。ソルトレーク・シティ・オリンピック目指しての強化策がこんなに早く実を結ぶとはいったい誰が予想しただろうか。

 ダロン・ラールブスはカリフォルニア州トラッキー生まれの27歳。ワールドカップデビューは1994シーズンからだが、元々スーパーGを得意とする選手だった。長野オリンピックではスーパーGで7位に入賞している。だがワールドカップの初優勝は滑降だった。2000年3月3日、クビットフィエル(NOR)のオリンピックコースで行なわれた滑降で初優勝を上げ、翌4日の滑降も連勝し彼の名は広く知れ渡った。今季はキッツビューエル(AUT)の滑降で3位、同じくスーパーGで4位に食い込み注目はされていたのだが、地元オーストリアで開催される世界選手権で、絶対的な力を誇るオーストリア勢を破って優勝するとは予想さえされなかったのである。事前のTOTOでは91%の確率でヘルマン・マイヤー、残りの9%もオーストリアと出ていたがダロンは見事にその予想を覆した。

 2004シーズン、30歳になったラールブスは滑降で2勝、スーパーGで2勝を上げ、種目別総合で両種目とも2位、総合で5位を確保した。ラールブスはこれまで大回転にも積極的に参加してきたが、これまでの最高位は今季アーデルボーデンの12位。途中棄権や1本目での失格が多いが意欲的に取り組んでいるのは事実だ。円熟味が増してきたのに加え、チーム内での信望も増えボーディ・ミラーに次ぐナンバー2の地位も確保した。チーム力がいまいちのUSスキーチームだが、ボーディと二人で世界選手権の金メダルを現役選手で3個保有しているのもUSチームなのだ。
 「この冬は楽しく過ごすことが出来た。スーパーG、滑降の2回ずつの勝利は素晴らしかった。来シーズンの終わりにエバハルターが表彰台のどこかにいることを私は望む。そして私自身は滑降とスーパーGのタイトルと総合優勝を目指す。私のGSはそれほど悪くはないのだ」とセストリエール最終戦、スーパーGのあと語った。

 2006年3月26日、ダロン・ラールブス(32歳)はシュガーロウフ(アメリカ・メイン州)で行なわれた全米選手権のスーパーGで優勝して選手生活に終止符を打った。USスキーチームに13年間在籍し、2001年・サン・アントン(AUT)世界選手権のスーパーGで金メダルを獲得、ワールドカップでは通算12勝(滑降9勝、スーパーG3勝)を挙げ、全米選手権は7回のタイトル(滑降・1、スーパーG・4、大回転・2)を獲得している。今季はビーバー・クリーク(USA)の滑降、ボルミオ(ITA)の滑降、ウェンゲン(SUI)の滑降と滑降で3勝を挙げ、総合4位、種目別滑降・3位、スーパーG・3位と、やめるには惜しい成績を残した。だがシーズン当初から「家庭を犠牲にするわけにはいかない、クリスマス、新年を家族と一緒に過ごしたいのだ」と、今季限りでの引退を表明していた。引退後はボーディ・ミラーと映画を作る予定になっている。題名は「スキーレーサーの人生」。またフリースキーイングを楽しみたいとも言っている。

Biorama Basel