KOSTELIC Ivica (CRO) Web:
1979年11月23日Zagreb生まれ
182cm / 88kg
Residence: Monaco

SKI: Salomon
BOOTS: Salomon
BINDING: Salomon
SUIT: Mizuno

Aspen02 SL/1st Solden02 GS
1st win, Aspen 02, SL Photo Hiro Yakushi
Soelden 02 GS/28th
Madonna02 SL Kranjska Gora 02 SL
Madonna 02 SL/10th Kranjska Gora 02 SL/ 3rd
Wengen02 SL/1st 2002 Slalom Champion
Wengen 02, SL/ 1st World Cup 02/ Slalom Champion
Sestriere03 SL/1st Wenge 03 SL
Sestriere 03 Ko-SL/ 1st Wengen 03 SL/ 3rd
St.Moritz WM03 SL/1st
St.Moritz WM03 Slalom/ 1st Ivo&Jani at St.Moritz

Soelden 04 GS Park City 04 SL
Madonna di Canpiglio 04 SL/1st Wengen 04 SL/3rd
Wengen 05 SL/2nd Kitzbuhel 05 SL/3rd
Beaver Creek 07 SL Alta Badia 07 SL / 3rd

IvicaKostelic World Cup Ranking
General

2001/107th, 2002/7th, 2003/7th, 2004/34th, 2005/31st, 2006/40th, 2007/25th,
Special
2001 SL/25th. 2002 SL/1st. 2003/2nd, GS/27th. 2004 SL/14th, GS/30th, SG/37th.
2005 SL/7th. 2006 SL/15th. 2007 SL/16th, K-3rd.
World Championships
2003 St.Moritz SL/1st.GS/DNF.
2005 Bormio. SL/DNF.
2007 Are. SC/12th, DH/18th, SL/DNF.
Olympic Games
2002 Salt Lake City: GS/9th, SL/DNF.
2006 Torino. K/2nd, SL/6th.
World Cup - 8 w. ( 7 SL, 1 K)
1. SL: Aspen 02-I, Wengen 02, Flachau 02, Sestriere 03-KO, Kranjska Gora 03,
Bormio 03, Madonna di Campiglio 04,
K: Reiteralm 07(SC),
2. SL: Adelboden 02, Wemgen 05,
3. SL: Kranjska Gora 02, Schladming 02, Wengen 03, 04, Kitzbuhel 05, Alta Badia 07,
4. SL: Kitzbuhel 03, Schladming 03, Shigakogen 03, Are 06,
K: Wengen 07(SC), Kvitfjell 07,
5. SL: Aspen 02-II, Chamonix 05,
7. SL: Lillehammer 03, Flachau 05, Beaver Creek 06, Madonna 06, Kitzbuhel 07,
9. K: Val d'Isere 06,
10. SL: Madonna 02, Kitzbuhel 04, Lenzerheide 05, Kranjska Gora 07,

 ヤニツァ・コステリッチの2歳年上の兄。ヤニツァ同様幼少の頃から父アンテの英才教育を受けた。妹の方が先にスターになったがイビツァの方も並々ならぬ才能を持っている。
 2001年11月25日、アスペン(USA)で行なわれたスラロームでゼッケン64番から初優勝を飾った。翌26日は5位に入賞し、一気にトップレーサーの仲間入りをした。このシーズンは開幕戦のソールデン(AUT)の大回転でも56番スタートから28位に入って脚光を浴びた。
 回転第3戦のマドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)では10位、クラニスカ・ゴラ(SLO)で3位、アーデルボーデン(SUI)で2位、そしてクラシックのウェンゲンで2勝目を上げた。フラッハウの最終戦ではボーディ・ミラーを下して3勝目を上げ、スラロームの総合優勝を達成した。

 2003シーズンのイヴィツァは第2戦のセストリエール(ITA)で今季初めて採用されたノックアウト・スラロームに勝ち、第3戦クラニスカ・ゴラ、第4戦ボルミオと連勝した。この時点でイヴィツァの独走かと思われたが、意外な伏兵が待っていた。カレ・パランダーである。第6戦のキッツビューエルでワールドカップ初勝利を上げるや、続く第7戦シュラドミング(AUT)、第8戦ヨンピョン、第9戦、志賀高原と4連勝を上げ種目別総合タイトルをかっさらっていった。
 イヴィツァはクラニスカ・ゴラで勝った後、思わぬ舌禍事件を起こしてた。それは、ビデオで第2次世界大戦の頃の映画を観て(一説によればテレビゲームだったという話もある)気分が高揚したか、「スタート前の気持ちは」と聞かれて「これから突撃するドイツ兵のような気分だ」と語ったことが悪意のあるマスコミによって大きく報道され、ナチ礼賛と報じられた事で大きな問題になった。この件についてはウェンゲンで記者会見を行ない弁明にこれつとめたが、それが原因かどうかは定かではないがそれ以来勝てなくなった。それでも世界選手権では執念で金メダルを獲得して面目は保ったが、ナイーブでセンシティブでプレッシャーに弱い、意外なもろさが露呈された。彼のナイーブさは世界選手権勝利の後の記者会見で語った次のような言葉にも現われている。「本当のチャンプとはボーディ、ミスター・オーモット、シュースのように4種目を全部やって勝つ、それがチャンピオンといえる。毎日4種目のトレーニングだって凄い量なんだ。自分もその道に行きたいと思う。だがまだ途中にあるにすぎない。今は父のいうようにスラローマーであるだけ、スキーヤーではない。DH、SGのケガで遅れたけれど目標は4種目だ」。

 2004シーズン、開幕当初はあまり調子が上がらず苦戦していたが、ヨーロッパに戻ってから調子を取り戻し、マドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)で行なわれたスラロームでこのシーズン初勝利を上げた。だが膝の古傷を痛めまたもやリハビリ生活へ。年明けのフラッハウ(AUT)から復帰、ウェンゲンのSLでようやく3位、だがキッツビューエルでは10位と成績は安定しない。そしてシュラドミングのナイトスラロームで決定的なダメージを負う。6回目となる膝靱帯の手術を受け今季を終了した。

Biorama Basel