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| IRWIN Dave (CAN) |
1954年7月12日 Loch Lemond(B.C.CAN)生まれ
身長 172cm 体重 67kg |
SKI: Fischer
※1982年引退 |
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| Schladming 76 DH/1st |
Val d'Isere 75 DH/4th |
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World Cup Ranking
General
1975/45th, 1976/17th, 1977/-, 1978/-, 1979/-, 1980/-, 1981/-, 1982/47th.
World Championships
1974 St.Moritz DH/25th,
GS/19th.
Olympic Games
1976 Innsbruck DH/8th.
1980 Lake Placid DH/11th.
World Cup - 1 w. (1 DH)
| 1. |
DH: |
Schladming 76. |
| 3. |
DH: |
Whistler 82, |
| 4. |
DH: |
Val d'Isere 76, Madonna 76. |
| 5. |
DH: |
Kitzbuhel 80, Val d'Isere 81, |
| 6. |
DH: |
Innsbruck 75, |
| 7. |
SH: |
Schladming 79, Aspen 82, |
| 11. |
DJ: |
St.Moritz 81, |
| 12. |
DH: |
Lake Louise 80, garmisch 81, |
| 13. |
DH: |
Aspen 81, 82, |
| 14. |
DH: |
Val d'Isere 80, |
| 20. |
DH: |
Lake Placid 79 |
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1974年頃からカナダのナショナルチームは経済的な事情により、金のかかる回転よりも、より少ない資金ですむ滑降の強化に方針を転換した。常識的には回転よりも滑降の方に金がかかりそうだが、カナダではウィスラーの自然の地形を生かすことにより、さほどコース整備をせずに夏もトレーニングできる氷河があった。そこで徹底的な練習を積んだのである。山を降りるときは4WDのブロンコの屋根の上にスキーを付けたまま乗り、猛スピードでオフロードを飛ばしスピードとバランスの訓練に励んだ。
その効果は75/76シーズンに現れた。75年12月、ケン・リードがバルディゼールで初優勝を上げ、デーブ・アーウィンが4位に食い込んだ。その当時はフランツ・クラマーの全盛時代である。クラマーの牙城を切り崩したのがカナダということで大きな話題になった。彼らは「クレージー・カナック」と呼ばれた。年が明けて76年1月最初のシュラドミング(AUT)では、今度はデーブ・アーウィンが初優勝を飾った。スキー大国のヨーロッパの選手達はまさに顔色なしだった。
デーブ・アーウィンはシュラドミングで1勝を上げた後は、転倒パイロットとして名を馳せた。とくに彼の最後のウェンゲンでの転倒は本当に命取りになった。有名な転倒をしたスイスのヨス・ミンシュの名を取ってつけられたミンチカンテで、アーウィンは悲惨な大転倒をして金網に宙ずりになった。それを最後に引退し長い闘病生活に入り、一度はカムバックしたが再帰はならずに引退した。 |
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