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FERNANDEZ-OCHOA Francisco (SPA)

1950年2月25日 Madrid(SPA)生まれ

25,2,1950 - 6,11,2006

SKI: Rossignol

※1980年引退

Paco Naeba 73
Naeba '73

Paco Face World Cup Ranking
General

1969/38th, 1970/73rd, 1971/39th, 1972/33th, 1973/34th, 1974/15th, 1975/9th,
1976/62th, 1977/-,
Special
1974 SL/8th, 1975 SL/7th,
World Championships
1970 Val Gardena SL/9th, GS/33rd, DH/43rd, K/9th.
1974 St.Moritz SL/3rd, GS/24th,
1978 Garmisch SL/22th, GS/43rd.
Olympic Games
1968 Grenoble DH/38th, GS/38th, SL/23rd,
1972 Sapporo SL/1st,
1976 Innsbruck DH/35th, SL/9th, GS/24th, K/6th.
1980 Lake Placid DH/27th, SL/22nd, GS/22nd, K/5th.
World Cup - 1 w. (1 SL)
1. SL: Zakopane 74,
2. K : Kitzbuhel 75, Chamonix(AK) 75,
3. SL: Vysoke Tatry 74,
4. SL: Sun Valley 75,
5. SL: Pra-Loup 72, Wengen 75, Chaminix 75,
6. SL: Megeve 69, Wengen 74,

 「パコ」「パキート」の愛称で呼ばれたフランシスコ・フェルナンデス・オチョアは1972年、札幌オリンピックの回転で金メダルを獲得して、世界の1流レーサーの仲間入りをし、スペインのナショナルヒーローになった。スペインが冬のオリンピックで金メダルを獲得したのはこれ1個きりである。

 ワールドカップでは'74年にザコパーネ(POL)のスラロームで1勝をあげた。
 札幌でメダルを取ったせいで大変な日本びいきになり、日本人プレスにはずいぶんとサービスを振りまいた。
 1995年、シエラ・ネバダ(SPA)世界選手権の際は実行委員長を務めた。だが'95年はぎりぎりまで頑張ったが雪不足で中止になり、翌'96年に延期して開催、大成功を納めた。その後はなぜかスキー界に顔を出していない。1999年、ヴェイル(USA)の世界選手権でも見かけなかったし、シエラ・ネバダで行なわれたワールドカップ最終戦にも姿を現さなかった。

 ワールドカップで3勝をあげ、アルベールビル(FRA)オリンピックのスラロームで銅メダルを獲得したブランカ・フェルナンデス・オチョアは妹である

 2006年10月6日、癌のため死亡