ALBORN Alan (USA)
13,12,1980. Anchorage (Alaska)
177cm / 59kg
Club:Karl Eid Skiiump Anchorage

Ski: Fischer
Goggles, Helmet: Carrera

Salt Lake 2002 LH Salt Lake 2002 Team Jumping

World Cup Ranking
1999/68th, 2000/54th, 2001/55th, 2002/20th, 2003/63rd, 2005/91st,
World Cup Ski-Flying
2001/27th, 2003/54th,
World Championships
1999 Ramsau. LH/27th, NH/40th.
2001 Lahti. LH/41st, NH/23rd.
2003 Val di Fiemme. LH/34th, NH/29th.
Ski-Fiying W-Championships
2002 Harrachov. 32nd.
Olympic Games
2002 Salt Lake City LH/34th,
Summer GP 2001
Courchevel/6th, Sapporo/3rd, Hakuba-I/6th.
World Cup
4. LH: Engelberg 02-II
6. LH: Bischofshofen 02, Engelberg 02-I,
7. LH: Liberec 03-II,
9. LH: Oslo 03,
11. FH: Oberstdorf 01-II,
LH: Kuopio 02-II,
13. LH: Iron Mtn. 00, Kuopio 02-I, Oslo 02,
17. LH: Kuopio 00-I, , Neustadt 02-I,
21. NH: Lahti 99,
LH: Hakuba 02, Trontheim 02,
FH: Oberstdorf 01-II,
22. LH: Lahti 02,
23. FH: Planica 01,
24. LH: Garmisch 02,
25. LH: Oberstdorf 02, Sapporo 02,
26. LH: Falun 02,
29. LH: Innsbruck 02,
30. FH: Bad Mittendorf 03-II, 05-II,

 アラスカ、アンカレッジに住むアランは'92年アルベールビル五輪ジャンプで活躍したジム・ホーランド(K120-12位、K90-13位)をみてジャンプに興味をもった。9歳のときからK.Eidの主催するジャンピングクラブに入りトレーニングをしていた。もっとも台といつても小高い丘につくられた小さなジャンプ台だった。その後はスキー連盟に所属、現在パーク・シティでコーチをしているJ・ホーランドの指導をうけ、ワールドカップに出場するようになった。
「気まぐれな性格だったので色々なスポーツもやってみたが、やはりジャンプ、ことにフラィイングは自分にあった種目だと思う」
父親は本職のパイロットで、アランも単エンジン-セスナ185のライセンスを持つが、「ダディの飛行機を使うのはウォータースキーに行くときで、ガソリン代は自分もち、賞金とスポンサーからの援助でまかなっている」
 2002年ソルトレーク・シティ五輪への出場は既に確定しているが、アメリカのスポーツ選手の大イベントへのモチベィションは驚異的。アラン・アルボーンもそうした一人であることは確実である。

 2002シーズンは順調に上位入賞を果たしていたが、肝心のソルトレーク五輪では不発に終わった。
(Kiyoko Hata, Basel)